被爆後のパノラマ画像
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1945(昭和20)年10月、中国新聞社新館(現・三越広島店付近)から 撮影/林重男

 1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、原子爆弾「リトルボーイ」が広島市の中心部に投下された。この爆弾のエネルギーはTNT火薬約16キロトンに相当するといわれ、その熱風と爆風は、旧市内の建物約7万6,000戸の90%に半焼・半壊以上の被害をもたらした。
 身を焼かれ、住むところも職場も焼かれ、すべてを焼き尽くされた廃墟の中から広島市民の戦後は出発した。それは資材も人手もない中の苦しい始まりだった。