焼け跡を直撃した枕崎台風
9月17日夜半から18日にかけて、焼け野原を暴風雨がおそった。「枕崎台風」だった。室戸(昭和9年) 、伊勢湾(昭和34年)と並ぶ「昭和の三大台風」のひとつで、最低気圧959.6hPa、最大瞬間風速45.3mを記録し、各地で激しい雨を降らせ、広島県を中心に洪水や山崩れなどで死者・行方不明者約2,000人を出すほどの大きな被害が出た。中心部の幟町付近でも深さ50cmを超える浸水で、全市が水浸しになった。
このため、被爆で損傷しながらも残っていた橋が流失し、復旧しはじめていた鉄道路線や一般道路、焼け残った社屋で業務を再開した企業なども浸水し、復興への人々の努力が水の泡となった。 この水害のおかげで、防空壕や仮設住宅に細々と住んでいた人々は寝る場所を追い出され、なけなしの手持品も流されてしまった。このころ、ぼつぼつ疎開先や避難先から帰りはじめた人々の中にも、焼け跡に住むことを諦めて、再び疎開先へ引き上げる者もあった。
そのような困難の中、市内中心部に帰ってくる者が比較的多くなりはじめたのは、被爆後1年もたってからだった。
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