原爆の惨禍から生き残ったとしても肉親を亡くし、引き取ってくれる親戚もない子どもたち。親がいたとしても普段の生活や学校生活を奪われた子どもたち。原爆の悲惨は、罪のない、弱い立場の子どもたちにも否応なく襲いかかった。しかし、戦後の混乱した社会をもっとたくましく生きたのも、また子どもたちであった。
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工事現場の木材でシーソー遊び。身近なものが何でも遊び道具になった。子どもたちの笑顔が、大人たちの明日への希望につながった。1946(昭和21)年12月、基町(現ひろしま美術館付近) 撮影/Eric A. Saxon