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 未来を築く若人へ:
 広島が贈る心からのメッセージ
 青く澄んだ秋空は気分をさわやかにしてくれる。
 一日を終えて、夜空に月をめでるとき、人は哲学にいざなわれる。 都会では、なかなか出会えなくなったが、夜空に無数の星を見るとき、人は神秘の思いに打たれ、果てしない宇宙に包み込まれる。 しかも、私たちが肉眼で見る星空は、宇宙のごく一部に過ぎないのだ。
 この広大な宇宙に生命体が存在する星は限りなくあるという学者もいれば、地球だけが特殊だという学者もいる。 どちらにせよ、この地球には、間違いなく、私たちが生きている。 このかけがえのない生命を大切にしたい。私たちを支えてくれている地球と言う天体を大切にしたい。 そして、有限にせよ無限にせよ、この果てしない時空の中で、私たちは不思議にも同時代に同じ地球上に生まれ合わせた仲間だ。 文化、宗教、肌の色、国境の違いがあるといっても、同じ人類と言う共通項に比べれば些細な差に過ぎない。 私たちは同じ人間家族に属する同胞だという実感を育んでいけば、多様性をかけがえのない価値として尊重する心や、争いを平和裏に解決する知恵や勇気や粘り強さも生まれてくるに違いない。
 河勝重美さんが編集された「ヒロシマを若い世代に:原爆で未来を絶たれた若い命は訴える」(日本語英語二カ国版)は、これからの時代を自らの手で切り開いていかなければならない若い皆さんに託す平和のメッセージだ。 次代を担う若い皆さんが、自分も他人もともに生きがいと誇りをもって暮らせるすばらしい時代を築いていけるようにとの心からの祈りをこめて編まれた本だ。
 この本には、広島の原爆にさらされながら、かろうじて生き延びた被爆者の人々が自らの体験をもとに描いた「原爆の絵」とその絵に付けられた短い説明文及び被爆者と原爆投下直後の広島の体験者の記録が収められている。
これらの絵は事実を描いたものだ。 しかし、見るのはつらい。 被害者の多くは一般市民、しかも女性や子供や老人だった。 例えば、12歳から14歳の今で言えば中学生の男女生徒たちが、空襲による火災の延焼を予防する目的で、政府が指定したあちらこちらの建物を引きずり倒して、火事よけの空間を作る作業に従事していた。 原爆が投下された1945年8月6日午前8時15分には、爆心地の周辺で7千人以上がこの作業をしていた。 このうち6千人強が苦しみながら死んでいった。 様々な未来を夢見ていたに違いないのに。 この年の暮れまでに14万人もの人が広島の原爆が原因で死んでいった。
 「未来のためというなら、なぜ、70年も前の残酷な悲劇を見せる必要があるのか?」と問う人がいるかもしれない。 それは、国と国との争いの中で、こんな残酷なことが実際に起こったからだ。 過去を忘れるとき、過ちは繰り返されるおそれがあるからだ。 そして、今も16000もの核兵器が存在し、事故や誤算で使われる危険が現存しているからだ。
 人間には、限りない可能性がある。 同時に、悲しいことだが、状況によっては、人間は限りなく残酷にもなれるのだ。
 だからこそ、河勝さんは、若い皆さんが過去の過ちに学び、お互いを尊重しながら、誰もが人間として生きがいを持てる素晴らしい時代を築く主体者になってほしいと願って、この本を作ったのだ。
 広島・長崎の被爆者の方々は、思い出すのもつらい原爆の体験を語り続けてきてくれた。 「こんな思いは他の誰にもさせてはならない。」との深い心から世界中の人に、そして未来世代の人々のために警鐘を鳴らして下さっている。 復讐の言葉ではなく、苦しみぬいたからこそたどり着いた深い人道的なメッセージだ。 誰もが、一人も残らず、よい人生を生きる権利があるはずだとの思いにたった尊い訴えだ。
 未来は若い皆さんたちが自分たちで築くものだ。 被爆者の方々や、河勝さん、私自身は皆さんがこれから経験する苦労や課題、皆さんの目指すビジョンは十分理解できないかもしれない。 だからこそ、若い皆さんに、私たちの世代から大事なメッセージを伝えたいのだ。 次代を築くリーダーである若い皆さんたちが、被爆者の方々の痛切な平和への思いを心に刻んでくれたら、本当にうれしい。 苦しみぬいた人の心、その苦しみの中からつむぎだされた痛切な平和への願いを受け止めることのできる心を持った人は信用できる。 このような広い心と勇気を兼ね備えた若い人々が築く未来はすばらしいものになるに違いない。
 若い皆さんが自らのビジョンと工夫と粘り強い努力の積み重ねの果てに築く輝く未来を心から祈りながら、私は、河勝さんが平和の祈りを込めて作り上げた、この大切な本を推薦する。

(公財)広島平和文化センター 理事長
小溝 泰義
〔本文は「ヒロシマを若い世代に 原爆で未来を絶たれた若い命は訴える」(河勝重美 編・発行/発行日 平成28年5月24日) に掲載されたメッセージです。〕
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