“平和について思う”
核兵器のない平和な世界に
広島大学名誉教授/IPPNW日本支部事務総長 片岡 勝子
プロフィール
〔かたおか かつこ〕

広島大学医学部卒業、医学博士、医師。
1981年より広島大学教授、2002より広島大学大学院教授。2007年広島大学定年退職、広島大学名誉教授。 2007年より核戦争防止国際医師会議(IPPNW、1985年ノーベル平和賞)日本支部事務総長。
広島平和文化センター評議員、広島市未来創造財団理事。広島県女性医師の会会長。

東日本大震災の犠牲者のご冥福と、被災者が早く常の生活に戻られることを祈りながら、 原発事故への対応の(まず)さに憤りを覚えている当節である。 平和には「戦争がないこと」、「構造的暴力がなく、人権が護られていること」から「持続可能な環境」まで、さまざまの側面があるが、日頃の考えの一部を述べてみたい。

オバマ大統領のプラハ演説以来、核廃絶の希望が高まったとはいえ、大国が究極の安全保障を「核抑止」に頼っているという現実は変わりそうもない。 誤報に基づく核攻撃は辛くも避けられてきたが、その幸運が続くという保証はない。 非国家主体による核兵器使用の可能性もある。 日本も米国の「核の傘」の下で、このような現実から逃れることはできない。 私達が平成19年度に『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』(*1)で述べたごとく、都市は最小の核兵器による攻撃でも耐えることはできない。
  核兵器の被害は使われずとも起きる。 大気圏内核実験で放出された放射性物質は約30万京ベクレル(誘導放射能(*2)を除く)と推測され、放射性物質は全地球上に降り注いだ。 チェルノブイリ事故(約800京ベクレル)や今回の福島原発事故(6月、国際原子力機関への政府報告では約18京ベクレル)とは比較にならない。 さらに核兵器の開発・製造過程における環境汚染の実態は国家機密に阻まれて調査しようもない。 核兵器は絶対悪であり、その廃絶は広島市民の悲願である。
  国際司法裁判所は1996年に「核兵器の使用または核兵器による威嚇(いかく)は一般的に国際人道法に違反する」との勧告的意見を出した。 国際人道法は、文民たる住民の保護、文民たる住民の生存に不可欠なものの保護、自然環境の保護をも含んでおり、 じゅうたん爆撃のみならず、都市への攻撃で人道法に触れないものは極めて限定的であるように素人には読み取れる。 世界中の4800に及ぶ地方自治体が加盟している平和市長会議が「2020年までの核兵器廃絶」や「都市を攻撃目標にするな」を訴えていることを全面的に支持する。 さらに私達は国際刑事裁判所ローマ規定(*3)の「人道に対する犯罪」のなかに「核兵器などの無差別大量破壊兵器」の文言を具体的に加えることを主張している。

次に「平等」、「生命、自由及び身体の安全」、「教育」、「健康で文化的な最低限の生活」などの基本的人権を世界中の人たちが保障されることが平和な世界の条件である。 安全な水や食糧、基本的な教育や保健衛生さえも不足している貧困国において、軍事費が国家予算に占める割合が膨大である。 しかも武器を売っているのが国連常任理事国などの豊かな国である。 このような不正義が続くことは、紛争やテロの温床となる。 私は民主主義国において国を守ることは国民を守ることであり、敷衍(ふえん)すれば世界の人たちを守ることと考えている。
人の心の働きにはS型とE型という二つの性向があると考えられている。 Sはシステム化の、Eはエンパシー(共感)の頭文字である。 S型は論理的で知性を重視し、物事を体系化・序列化してヒエラルキーを重んじる。 E型は知性と感性のバランスをとり、寛容で他人との協調、弱者への配慮、コミュニケーション能力に優れている。 S型は目標に向かって直進し、E型は一歩でも前進するために回り道も(いと)わない。 S型は自然を征服しようとし、E型は自然と共生しようとする。
  一般に男性はS型傾向が、女性はE型傾向が強いとされるが、男女ともに両傾向を備えており、極端に一方に偏ると社会的人としては困難に直面する可能性もある。 近代社会を発展させてきたのはS型思考であったろう。 その行き着いたところに生じた環境や人類の存続そのものに関わる課題の克服にE型思考を役立てなければならない時期である。 男女共同参画社会の実現が求められているのは必然のようにも思われる。
IPPNWの医学生による核兵器廃絶の自転車ツアー(2010年、スイスのバーゼルにて)。来年のIPPNW世界大会(8月、広島)では長崎から広島に向けてツアーの予定。
(*1) 核兵器攻撃被害想定専門部会報告書
   広島市は、広島市国民保護計画の策定に当たり、広島市国民保護協議会に専門部会を設け、独自に被害想定を行った。 報告書は平成19年11月9日発表。
(*2) 誘導放射能
   放射能を持っていなかった物質が、中性子線などの放射線を吸収することにより、放射性物質に変化した場合の放射能。
(*3) 国際刑事裁判所ローマ規定
   国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪の訴追・処罰のための常設の国際刑事裁判所の設置と、 締約国の様々な協力義務等について定めるもの。

(平成23年7月寄稿)

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