被爆 1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾(ばくだん)は、地上600mの上空でさくれつしました。 原爆(げんばく)によって亡(な)くなった人の数は正確(せいかく)にはわかりませんが、1945(昭和20)年12月末までに約14万人(±1万人)が亡(な)くなったと推定(すいてい)されています。
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被爆(ひばく)2カ月後の広島 撮影(さつえい):ハーバート・F・オースチン Jr 寄贈(きぞう):ブレッド・M・オースチン氏 所蔵(しょぞう):広島平和記念資料館 被爆(ひばく)後のようすを見るには QuickTime 4 が必要です。
原爆被害(げんばくひがい)の特ちょう 原子爆弾(ばくだん)は、それまでの爆弾(ばくだん)とはまったくちがっていました。 爆発(ばくはつ)の瞬間(しゅんかん)、ものすごい温度の熱線と放射線(ほうしゃせん)が発生(はっせい)しました。そして、温度が上がって周囲の空気がぼうちょうし、すさまじい爆風(ばくふう)をまきおこしたのです。さらに、これらが複雑(ふくざつ)に関係しあって、被害(ひがい)をさらに大きくしました。 この熱線、爆風(ばくふう)、放射線(ほうしゃせん)の三つのエネルギーによって、瞬間的(しゅんかんてき)に、そして無差別に、大量の破壊(はかい)・殺りくが引き起こされました。