広島に落とされた原爆
   

熱線による被害(ひがい)
原子爆弾(ばくだん)爆発(ばくはつ)するときにできる火の玉 の温度は、中心部で100万℃をこえ、大きさは1秒後に最大直径280mにもなりました。そこから出た非常(ひじょう)に強い熱線によって、爆心(ばくしん)地では地表の温度が3,000~4,000℃にたっしました。 (太陽の表面温度は5,700℃、鉄がとける温度は1,500℃です)

●ヤケドをおった女子学生
1945(昭和20)年8月10日
強烈(きょうれつ)な熱線をあびた人は重いヤケドをおいました。爆心地から約1.2キロメートル以内で、さえぎるものがないまま熱線をあびた人は、皮膚(ひふ)が焼きつくされ、内臓(ないぞう)などにまで障害(しょうがい)を受けて、ほとんどが即死(そくし)か数日のうちに()くなりました。

撮影(さつえい):宮武甫
提供(ていきょう):朝日新聞社
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●ハラマキの部分だけ熱線から守られた男性(だんせい)
1945(昭和20)年8月7日
この男性(だんせい)は、爆心(ばくしん)地から1キロメートル以内で被爆(ひばく)し、ハラマキをしていた部分だけをのこして全身がひどいヤケドをおいました。
撮影(さつえい):尾糠政美
●着物のもようが(はだ)に焼きついた人
1945(昭和20)年8月15日ごろ
色の(うす)い部分よりも()い部分の方が熱線を吸収(きゅうしゅう)する性質(せいしつ)をもつため、もようの()い色の部分が(はだ)に焼きつき、やけどになりました。
 
撮影(さつえい):木村権一
●橋のらんかんの(かげ)が焼きついた道路
1945(昭和20)年11月ごろ
熱線が道路のアスファルトを黒くこがしましたが、橋のらんかんの部分だけが熱線をさえぎったため、(かげ)が白く残ったものです。
  撮影:米軍