核兵器の開発

「冷たい戦争(冷戦)」──アメリカとソ連の対立

第二次世界大戦がおわってまもなく、「実際(じっさい)武器(ぶき)をとり戦う戦争」(熱い戦争)にたいして、「武器(ぶき)はつかわないが、きびしく対立しあっている」という意味で、「冷戦」(冷たい戦争)という言葉が、さかんに使われるようになりました。対立の主役になったのはアメリカとソビエト連邦(れんぽう)(以下「ソ連」)です。二つの国は、それぞれ相手の国よりも強力な武器(ぶき)を持とうと、核兵器(かくへいき)を強力にし、数を()やす競争をしました。また、1952(昭和27)年にはイギリス、1960(昭和35)年にはフランス、1964(昭和39)年には中国が原爆(げんばく)を持つようになりました。

水爆(すいばく)実験でヒバクシャが出た。

ソ連が1949(昭和24)年、原子爆弾(ばくだん)の実験に成功しました。これに対してアメリカは、原子爆弾(ばくだん)よりもさらに力の強い水素爆弾(すいそばくだん)水爆(すいばく))の開発(かいはつ)に取り組みました。そして、1952(昭和27)年、史上初めての水爆(すいばく)実験を南太平洋で成功させました。1954(昭和29)年、太平洋のビキニ環礁 (かんしょう)で、アメリカが水爆(すいばく)実験を行ったとき、近くで(りょう)をしていた日本の漁船「第五福竜丸(ふくりゅうまる)」が放射線(ほうしゃせん)を受けるという事件(じけん)が起こりました。日本に帰ると、船に乗っていた人たちは体の具合(ぐあい)が悪くなって入院し、そのうちのひとりはなくなりました。原爆(げんばく)(おそろ)しさを知っていた日本の人たちですが、核実験(かくじっけん)でも被害者(ひがいしゃ)がでることを知って大きなショックを受けました。
●アメリカによる史上初の水爆(すいばく)実験
水爆(すいばく)は、原爆(げんばく)爆発(ばくはつ)するときの高温と高圧(こうあつ)を利用して核融合反応(かくゆうごうはんのう)をおこさせるものです。この水爆(すいばく)威力(いりょく)は、約10メガトン程度(広島に落とされた原爆(げんばく)の700倍くらい)に(たっ)しました。
太平洋マーシャル諸島(しょとう)
1952(昭和27)年11月