よみがえる広島


一面の焼け野原に植物がめぶいた。

広島に原爆(げんばく)が投下されてから10日もたたないうちに、戦争が終わりました。原爆(げんばく)によってかいめつした広島でも、電気や交通 機関などが復旧(ふっきゅう)するにつれて、人々は焼け残った材料で住宅(じゅうたく)再建(さいけん)したりして、生活を建て直しはじめました。被爆(ひばく)の後、「広島には75年間は草木も生えないだろう」といわれましたが、焼けこげたガレキの間から赤いカンナが花を開き、これを見た人々は、生きる勇気と希望を持ちました。やがて、疎開(そかい)していて助かった人や兵隊に行っていた人たちが帰ってきて、広島は、復興(ふっこう)にむけて動きはじめたのでした。

●バラックで()らす子どもたち

板やトタンで屋根とかべをつくっただけのそまつな住宅(じゅうたく)で、食べるものにも着るものにも不自由な生活でしたが、空襲(くうしゅう)の心配がなくゆっくり(ねむ)られて自由に遊べる生活に、子どもたちは元気をとりもどしていきました。
撮影(さつえい):スティーブン・ケレン
提供(ていきょう):広島市公文書館 1946(昭和21)年2月ごろ