進む募金活動
ビラ配り 児童・生徒の会 進む募金活動 一周忌法要 「原爆の子の像」 戻る

1956(昭和31)年4月8日/福屋百貨店前
提供(ていきょう):中国新聞社
「広島平和をきずく児童・生徒の会」を中心に「団結の会」のメンバーも加わって 募金活動(ぼきんかつどう)は進められ、その年の4月1日には全国の学校へ向けて募金(ぼきん)()びかける「趣意書(しゅいしょ)」を発送するなど、本格的な募金活動(ぼきんかつどう)を開始しました。この運動は、すでに新聞、ラジオなどで報道され始めていたこともあり、全国の学校からの反応は素早いものでした。禎子(さだこ)さんの死から1年後の10月には平和記念公園へ設置することが決まり、(ぞう)建立(こんりゅう)は現実のものになりました。

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募金(ぼきん)のときに配ったビラ

同級生によって作られた追悼(ついとう)文集「こけし」(表紙)

「こけし」を制作したころの同級生
禎子さんを紹介した記事