「原爆ドーム」はもともとどんな建物だったのですか。

原爆ドームのもとの建物は、1915年4月に完成した「広島県物産陳列館」です。チェコ人の建築家ヤン・レツルがデザインしたとてもモダンな建物でした。ここは、広島で作られた品物を展示したり、たくさん売るための相談をするところでした。また、今のデパートの催し場や博物館・美術館のようにも利用されており、広島の人たちにたいへん親しまれていました。その後、広島県立商品陳列所、広島県産業奨励館と名前を変えました。 1944年3月、戦争がはげしさをましたため、産業奨励館の仕事はやめることになり、4月からは国や県の事務所として使われていました。 もっとくわしく知るには、つぎのホームページを見ましょう。
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/frame/Virtual_j/visit_j/estBuild_1.html

  被爆前の原爆ドーム
  被爆前の原爆ドーム(1930年ごろ)
  被爆後の原爆ドーム
  被爆後の原爆ドーム(1945年秋ごろ、撮影 米軍)

質問のトップにもどる