佐々木禎子(ささきさだこ)さんの将来(しょうらい)の夢は?

禎子(さだこ)さんの将来(しょうらい)の夢はなにだったのでしょうか?

 

 

 佐々木禎子(ささきさだこ)さんが亡くなった後、禎子さんの同級生が「原爆の子の像」をつくるための運動をしていたとき、禎子さんの思い出をまとめて「こけし」という文集を作りました。そのなかに、つぎのような作文があります。

 「ぼくたちはみんなそろって6年生になり、佐々木さんも6年生になりました。6年生になって新しい野村先生が来られた。その先生は体操(たいそう)が非常にすきで、一日に一ぺんは体操がありました。そこで佐々木さんは特に体操が好きで、走るのも一番。とび箱もパーッと飛んで非常に見事でした。(略)2学期にも佐々木さんはせんきょで体育委員になり、又べんきょうもうまかったです。そして級の世話を、男子のでもよくしてくれました。」

 スポーツができて、やさしかった禎子(さだこ)さんのようすが浮かんできますね。

 この作文にでてくる野村剛先生は、禎子さんが小学6年生のときのクラス担任の先生でした。「サダコ 「原爆の子の像」の物語」(注)によると、禎子さんは、野村先生に将来(しょうらい)は中学校の体育の先生になりたい」といっていたそうです。

(注)「サダコ 「原爆の子の像」の物語」 NHK広島「核・平和」プロジェクト著 NHK出版刊

質問リストにもどる