どうしてヒロシマとカタカナで書くのですか?
 
広島を「ヒロシマ」と書きあらわすことについてですが、使い方がはっきりと決まっているわけではありません。新聞では、たとえば、「ヒロシマの記憶(きおく)」のように、平和や原爆に関連する記事において、普通の地名の広島と区別する意味で使っているそうです。広島市役所では、次のような場合に「ヒロシマ」を使っています。

意 味) 被爆都市(ひばくとし)として世界恒久平和(せかいこうきゅうへいわ)の実現をめざす都市であることを示す。

使用例) 平和の分野におけるヒロシマの世界的な知名度やこれまでの取り組み・・・
     全人類の共存という立場に立ってヒロシマの被爆体験を継承(けいしょう)し、・・・

また、文学作品では、市役所などでの使い方とはちがった、作者自身の思いのこもった使い方がされていると思います。

質問とはすこしはなれますが、今一度、わたしたち一人一人が感覚をとぎすまして「ヒロシマ」という言葉のもつ重みを感じていかなくてはならないのではないでしょうか。

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