アメリカの子どもたちのことで質問(しつもん)します。
以前アメリカで、原爆展(げんばくてん)を開こうとしたところ、反対運動が起こり、中止になったと思います。そのときか、その後、アメリカの子ども(たち)の中から、原爆展(げんばくてん)を開こうというような動きが起こったと聞きました。

でも、教えてくれた人の記憶(きおく)もはっきりせず、真偽(しんぎ)のほどはわかりません。本当にそのようなことがあったのなら、ぜひ(くわ)しいことを知りたいと思います。教えていただけますか。よろしくお願いします。

被爆(ひばく)から50年目の1995(平成7)年夏、アメリカ・ワシントンの国立航空宇宙(こうくううちゅう)博物館で広島に原子爆弾(ばくだん)を落とした「エノラ・ゲイ」号といっしょにヒロシマ・ナガサキの被爆(ひばく)資料(しりょう)展示(てんじ)する特別展(とくべつてん)が開かれることになっていました。

この展示会(てんじかい)退役軍人(たいえきぐんじん)会(アメリカの軍隊をやめた人たちの集まり)を中心とするさまざまなグループの反対で、実現(じつげん)することができませんでした。

質問(しつもん)の反対運動はこのことだと思います。この間のくわしい事情(じじょう)については下の本を参考にしてください。

アメリカの子どもたちの中から、原爆展(げんばくてん)を開こうというような動きがあったことは認識(にんしき)していませんが、同じ1995(平成7)年7月8日~27日の間、ワシントンDCにあるアメリカン大学に留学(りゅうがく)していた被爆(ひばく)二世たちの努力で、広島市とアメリカン大学が共同して「原爆展(げんばくてん)」を開催(かいさい)して反響(はんきょう)を呼よびました。

なお、この後、広島市と長崎市(ながさきし)は毎年、海外の2都市程度(ていど)原爆展(げんばくてん)を開いております。。

●アメリカの原爆展(げんばくてん)について知る資料(しりょう)
拒絶(きょぜつ)された原爆展(げんばくてん)
マーティン・ハーウィット(ちょ)みすず書房(しょぼう)
(ほうむ)られた原爆展(げんばくてん)
フィリップ・ノビーレ(ほか)(ちょ)五月書房(しょぼう)
「アメリカの中の原爆(げんばく)論争(ろんそう)
NHK取材(はん)ダイヤモンド社

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