44 元安橋(もとやすばし)
竣工年月日
1926(大正15)年
(被爆当時の橋)
架替年月日
1992(平成4)年5月25日
建立者 広島市

形状
旧   橋:全長49.9m、幅6.95m
架け替え後:全長56.4m、幅16m
特記事項
  1. 被爆前の元安橋
  2. もともとは、毛利輝元が広島城下を建設したときに架けられた橋で、輝元の祖父・毛利元就の子の元康(もとやす)が架け渡したことからその名が付けられたと伝えられています。被爆した橋は1926(大正15)年に架けられ、両岸の親柱の上には、しゃれた球形の飾り照明が、その間には照明灯が設けられるなど、当時としてはとてもモダンな造りでした。
    飾り照明などに使われていた金属類は、すべて戦時中に供出され、親柱の上は石の点灯箱に替えられていました。
  3. 被災状況と爆心地の推定
  4. 橋げたは原爆に耐えましたが、親柱の上の笠石は左右逆方向にずれ、欄干も橋の両側にそれぞれ落ちました。この状況から、爆心地は橋の延長線上に位置すると推定されました。
  5. 架け替え
  6. 旧橋は被爆後40年以上にわたって利用されてきましたが、老朽化が進んだため、1989(平成元)年から架け替え工事が始まり、1992(平成4)年に開通しました。
    架け替えにあたっては、被爆した親柱4基、中柱2基を利用し、竣工当時を再現したデザインとしました。
  7. 歴史の証人
  8. 元安橋東詰めには、被爆した旧橋の中柱2基が、歴史の証人として保存してあります。


ウインドウを閉じる