広島市は、江戸時代、中国・四国地方第一の城下(じょうか)でしたが、明治維新(いしん)ののち、広島県の県庁所在地として再出発しました。
 海、川、山が近く、学校商店(がい)が整った大樹(たいじゅ)茂る美しい三角州(さんかくす)の都市でした。一方、陸軍の諸施設が集中していき、やがて学都(がくと)軍都(ぐんと)という二つの顔が鮮明(せんめい)になりました。1920年代から発展しはじめた重工業も1930年代後半には軍需(ぐんじゅ)工業化していきました。被爆(ひばく)直前には、広島湾一帯は、呉の海軍とあわせて軍事(ぐんじ)的性格を強めていました。



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