ご注意ください。

大下靖子(おおしたのぶこ)さんの夏服

大下靖子さんの夏服 シュミーズ
校章

被爆したところ:土橋
爆心地から約800メートル
大下定雄さだお 寄贈

 県立広島第一高等女学校1年生の大下靖子(おおしたのぶこ)さん(当時13(さい))は、土橋地区の建物疎開作業(たてものそかいさぎょう)に動員され、被爆しました。
同級生と2人で己斐(こい)避難(ひなん)して夕暮(ゆうぐれ)まで民家にいたのち、己斐国民学校に収容(しゅうよう)されていたのを発見(はっけん)され大竹から入市した救援隊(きゅうえんたい)によって大竹の両親のもとに運ばれました。その時はまだ息があり、その日の様子を両親に語り、水を()しがりましたが、当日深夜12時前に死亡(しぼう)しました。
  ▼大下靖子さんの夏服を近寄って見る
 大下靖子さんが通っていた女学校では、組長(今のクラス委員)は一月ごとに交代していました。
 靖子さんは、6月の副組長で、7月には組長になっています。お父さんは、靖子さんはとてもまじめながんばりやさんだったと語っています。
 お父さんの手元には、今も靖子さんの日記が残っています。今日は特別に靖子さんの日記を見せてもらいましょう。
  ▼大下靖子さんの日記を読む
  ▼県立広島第一高等女学校とは(アニメ)
▼そのころの女学生のくらし(アニメ)
▼大下靖子さんの8月6日(アニメ)
▼1年6組の42人のその後(アニメ)
▼もっとくわしく知るには

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▼関岡敏子さんの被服帳ひふくちょう