(しげる)くんの弁当
真っ黒に焼けたおべんとうばこ すいとう

被爆したところ 中島新町(現在の中島町)
爆心地から約600メートル
折免(おりめん) シゲコ 寄贈
 県立広島第二中学校1年4学級の折免滋(おりめんしげる)くん(当時13(さい))は、中島新町の建物疎開作業現場(たてものそかいさぎょうげんば)被爆(ひばく)しました。
 母親のシゲコさんは、破壊(はかい)された街を必死で捜索(そうさく)しましたが、なかなか発見できず、知人からの情報でようやく8月9日早朝、滋くんの遺体(いたい)と、遺体に(かか)えられた真っ黒に焼けたお弁当箱と水筒(すいとう)を発見しました。
 滋くんは、出征中(しゅっせいちゅう)の父と兄に代わって、シゲコさんのために山や竹やぶを開こんして畑を作っていました。その日のお弁当の中身は、その畑から初めて収穫(しゅうかく)した作物でつくったおかずで、喜んで持っていったものでした。シゲコさんは、それを食べることなく死んでしまった滋くんが不憫(ふびん)でなりませんでした。
おりめん しげるくん
折免滋くん
中国新聞社 提供