美代子さんの下駄(げた)
美代子さんの下駄 被爆したところ:材木町(現在の中島町)
爆心地から約500メートル
井上冨子 寄贈
大杉美代子さん
美代子さん
撮影時期不明
大杉照明 提供
 美代子さん(当時13(さい))は、市立第一高等女学校1年生で材木町の建物疎開作業現場(たてものそかいさぎょうげんば)被爆(ひばく)し、死亡(しぼう)しました。遺体(いたい)は確認することができないまま、この下駄 が母親によって3か月後に発見されました。母親の着物で作った鼻緒(はなお)で美代子さんのものとわかりました。
 下駄には、被爆によるとみられる美代子さんの足跡(あしあと)が残っていました。お母さんは、下駄 に「美代子……左足と推定(すいてい)す」と(すみ)で書き、下駄を遺骨(いこつ)がわりにして毎日話しかけていました。
  ▼美代子さんの下駄(げた)
▼美代子さんの下駄をくわしく見る
▼お母さんが記した8月6日
▼市立第一高等女学校
▼もっとくわしく知るには
  ▼2年生・藤井満里子さんの救急袋
▼近寄って満里子さんの救急袋をみる
▼満里子さんの家族

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