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美甘章子博士の 「8時15分〜ヒロシマで生きぬいて許す心」 を読んで
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この本は広島の被爆の悲惨な実相を個人の体験を通じて明らかにしているが、それ以上に深い家族の絆、人類愛そして友情の記録だ。
章子さんの父親美甘進示さんの被爆体験を中心とするこの本を読んでまず痛感するのは、一発の原爆が無数の市民に及ぼした残虐で非人道的な死と苦痛に対する憤りだ。
しかし被爆直後の惨状と混乱、重傷と重度のやけどの中で何度も死んだほうが楽だとあきらめかける進示さんをお父さんの福一さんが自身深手を負いながら叱咤激励し、全智全霊を振り絞り、自らの命を与えきる思いで進示さんを生き延びさせ、それのみならず、あきらめない勇気、真実に対する探究心、誠実さ、感謝、寛大な心など、苦難の中を強く誠実に暖かく生き抜く力を与えた尊い姿に驚嘆し、感動に心を揺さぶられる。
東照宮の階段での二人の居丈高な兵士との遭遇は、人間性の欠如による弱者への残酷な仕打ちのエピソードだが、これさえも、理不尽で絶望的な状況でも息子を生存へと導くため命を振り絞った父親の深い愛情と決断力の崇高さを際立たせている。
絶望的な状況を生き抜いた進示さんのその後の人生も、同じ被爆者の奥さんとの出会いと夫婦愛、不誠実な事業者との決別と起業、友情、母を思う進示さんのはがき、形見の時計に関する驚くべきエピソード等、強く暖かい人間として人生を歩む進示さんの姿に限りない共感を覚える。
先日、進示さん章子さんと懇談した。
90歳近い今も現役で働く進示さんの活発な精神活動に驚嘆し、対話に心踊り、被爆体験を父君への感謝の思いで語る進示さんの心に感動した。
深い人間の生き方が、お父さん、進示さん、章子さん、そしてそのお子さん達へと間違いなく継承され、残酷な被爆体験をも確かな相互理解と人間性の覚醒、自他共に包み込む精神空間の晴れ晴れとした広がりへと昇華する人間の無限の可能性を実証されていることに限りない希望を感じる。
核兵器のない平和な世界の実現には、核廃絶とともに、相互理解、違いを多様性として尊重できる同じ人間家族としての意識形成が不可欠だ。
被爆の惨状下で示された愛と勇気と他者を包み込む魂の輝きは、困難な差異をも超えて平和な時代を拓く人間の限りない可能性に希望の光源をあかあかとともしている。
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公益財団法人広島平和文化センター 理事長
平和首長会議 事務総長
小溝 泰義
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(本文は『8時15分 ヒロシマで生きぬいて許すこころ』(著者 美甘章子/講談社エディトリアルより2014年7月8日発行)への推薦の言葉として寄稿されたものです。)
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