和文機関紙「平和文化」No.206, 令和3年3月号

核兵器の終わりが始まった
―核兵器禁止条約の発効で何が変わるのか

川崎 哲
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員、ピースボート共同代表
川崎哲氏プロフィール用写真(2021.02)

 今年1月22日、核兵器禁止条約が発効しました。 発効とは、条約が法的な効力をもつようになることです。 この条約に署名し批准をした国を締約国と呼びますが、この条約は締約国を法的に拘束します。 核兵器は、ついに違法化されたのです。
 これまでも核不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)など、核兵器を規制するさまざまな条約が作られてきましたが、核兵器禁止条約はこれらとは本質的に異なります。 核兵器を減らしたり管理したりするのではなく、完全に禁止し、廃絶を定めているからです。 核兵器保有をいかなる国にも許さず、作ること、持つこと、使うこと、使うと脅すこと、これらに協力することの一切を、いかなる状況下でも禁止しています。
 その根底にあるのは、核兵器は非人道的なものであるので拒絶するという発想です。 国家間で軍事力のバランスをとるというそれまでの発想から、大胆に転換したのです。 この約10年間、オーストリアやメキシコなどの国々が「人道イニシアティブ」と呼ばれる国際的な運動を進め、これを赤十字国際委員会(ICRC)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、平和首長会議などが支えてきました。 そして何よりも、広島・長崎の被爆者や核実験被害者の方々の声が、この運動を前進させてきました。
核兵器禁止条約の発効を記念する市民の行動(2021年1月22日 広島、長崎)
(広島/撮影:中奥岳生(なかおく たけお)、長崎/提供:「ヒバクシャ国際署名」をすすめる長崎県民の会)
■ 条約成立への経過
 1990年代半ばに「世界法廷運動」という市民運動の後押しを受け、国際司法裁判所(ICJ)が核兵器の使用・威嚇の違法性を審理しました。 広島・長崎の両市長はオランダ・ハーグのICJに出廷し、原爆被害の惨状と核兵器使用の違法性を訴えました。 その結果1996年にICJは、核兵器の使用・威嚇は一般的に国際人道法違反であり、核兵器を廃絶する条約を交渉し妥結する義務があるという勧告的意見を出しました。 これが「核兵器禁止条約」構想の原点となりました。
 そして、生物兵器禁止条約(1972年)や化学兵器禁止条約(1993年)の前例にならった核兵器禁止条約のモデル案が出され、議論が進みました。 しかし、条約交渉にはすぐにはつながりませんでした。
 2010年にICRCが核兵器の非人道性を訴える総裁声明を出すと、「人道イニシアティブ」の運動が始まりました。 2013~14年にノルウェー、メキシコ、オーストリアで計3回、核兵器の非人道性に関する国際会議が開かれました。 被爆者、被爆者医療の専門家、核実験被害者らが発言しました。 核兵器の使用は国際人道法と合致しえないし、今日核兵器が使われたら人道救援すら不可能であるという共通認識が生まれました。
 2015年から、法的禁止の議論が本格化しました。 対人地雷禁止条約(1997年)やクラスター弾禁止条約(2008年)を参考とし、核兵器をまずは禁止し廃絶の詳細は追って定めるという条約をつくるのが現実的と考えられるようになりました。 被害者に対する援助を定めることも必須事項とされました。
 2017年に核兵器禁止条約の交渉会議がコスタリカ大使を議長として開かれました。 広島・長崎の被爆者が証言に立ち、交渉の会議場では「ヒバクシャ (hibakusha)」という言葉が何度も飛び交いました。 私は2008年以来、ピースボートの「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」で世界各地を回ってきました。 平和首長会議の加盟都市に受け入れていただき、市長さんや、外交官また大臣にまで証言を聞いていただくこともありました。 こうして「ヒバクシャ」が核兵器の非人道性を体現する存在として、国際社会に認知されるようになってきました。
 2017年7月7日、核兵器禁止条約は122カ国の賛成をえて採択されました。 条約の前文が「ヒバクシャ (hibakusha)」に言及していたことがニュースで報じられましたが、これは何ら驚くことではありませんでした。 まさに広島・長崎の皆さんが尽力されたことの結果として、自然に条約に盛り込まれたのです。
 同年9月から各国による署名・批准が始まり、2020年10月24日に50カ国目の批准がなされました。 条約の定めに従って、その90日後の今年1月22日に条約は発効しました。

2021年1月22日、世界中で、ICANキャンペーン参加者たちは、この歴史的な日を記念してイベントを開催しました。

ニュージーランド

ギリシャ

ニューヨーク

■ 条約の力は保有国をも変える
 この条約は、核兵器に悪の烙印(らくいん)を押し、核兵器に対する世界の見方を大きく変えるものです。 たしかに核保有国はこの条約に入っていませんので、法的には拘束されません。 それでも、核兵器への政治的、経済的、社会的圧力は高まります。
 違法化された核兵器は、事実上使えない兵器になります。 使用すれば、その国および指導者は国際社会において政治的立場を失います。
 一方、いま世界の銀行は続々と、核兵器製造企業への投資をやめています。 対人地雷やクラスター弾が禁止されたとき、金融業界はこれらの兵器の製造企業への投資を禁止していきました。 その結果企業は、これらの製造から撤退したのです。 核兵器でも同じ動きが始まっており、日本の銀行や生命保険会社もその流れに加わっています。 これは、環境や持続可能な開発(SDGs)に配慮した投資の動きと連動しています。
 対人地雷もクラスター弾も、主要保有国は禁止条約に加わっていません。 それでも、これらの兵器の生産は激減し、取引はほぼなくなり、使用は忌避されるようになりました。 これらの条約は、条約の非締約国の行動をも変えたのです。
 いま核保有国は、核兵器禁止条約を「実効性がない」と批判して、署名・批准するなと他国に圧力をかけています。 本当に「実効性がない」のなら放っておけばよいはずです。 核保有国は、禁止条約に加わる国が増えるほど自らの地位が危うくなることを理解しているのです。 その意味で、条約はすでに奏功しています。 米国がバイデン政権になって、核兵器禁止条約への敵対的態度に変化があるのかどうかは、今後の注目点です。
 核保有国は、禁止条約に反対するのであれば、自らどのように核軍縮をしてきたのか、またしていくのかについて、今まで以上に説明しなければなりません。 今年8月には、昨年から延期になったNPT再検討会議が開かれる予定ですが、核保有5カ国はここで、これまで以上に重い説明責任を負うことになります。
 核兵器禁止条約とNPTは矛盾するものではなく、禁止条約ができたことが、NPTにおける核軍縮を前進させる力になるのです。
■ 締約国会議へ
 次の焦点は、核兵器禁止条約の締約国会議です。 第1回締約国会議は、今年12月または来年1月にオーストリアのウィーンで開かれる見通しです。 その後は2年ごとに開かれます。
 締約国会議ではまず、締約国を増やし条約を普遍化させるための方策が話し合われるでしょう。 条約の採択には122カ国が賛成しましたが、締約国はまだ54カ国です(2月28日現在)。 次に、核保有国の将来の加入への準備という課題があります。 核保有国による核の廃棄を国際検証の下で、一定の期限内に、不可逆的な形で行わせるための具体策について定めていくことになります。
 また、締約国による条約の遵守と履行を確実にしなければなりません。 締約国は他国の核兵器の使用や保有を「援助、奨励」してはならないと定められていますので、その定義を詰めていくことが必要になるでしょう。 さらに締約国には、核実験の被害者に対する援助を行い放射能で汚染された環境を修復する義務が課せられています。 そのための具体的な行動計画を策定することが求められます。
 締約国会議には、非締約国やNGOもオブザーバーとして参加できます。 日本政府は、条約に署名・批准する意思はないとしていますが、最低限オブザーバー参加はすべきです。 たとえば核実験被害者への援助というのは、広島・長崎の被爆者援護や福島の除染を経験してきた日本としては、まさに貢献できる分野であり、そのような貢献が強く求められます。 政府のみならず、被爆者の医療また権利保障にあたってきた当事者団体や専門家が果たせる役割も大きいといえます。 また、核廃棄の国際的検証制度は核保有国と非保有国が協力して作るべきものであり、「橋渡し」を自任する日本政府による貢献が期待されます。
■ 核兵器廃絶こそ真の安全保障
 ICANの当面の目標は、締約国100カ国を数年以内に達成することです。 多くの国々に働きかける中で、現在いわゆる「核の傘」の下にある国の中からも署名・批准する国を出していきたいと考えています。
 日本や北大西洋条約機構(NATO)諸国の政府は、いまだに核抑止力が安全保障にとって不可欠だと信じていますので、これを転換させるのは簡単なことではありません。 それでも議論を深めることで、変化は生み出せます。
 まず核抑止力とは、核兵器を使用することを前提とした政策です。 核兵器の使用がもたらす惨害をどの国よりも知る日本が、そのような政策を掲げていることが道徳的に許されるのか。
 次に核抑止力とは本当に機能するのか。 自爆も恐れぬ無謀な相手は抑止されません。 事故や誤発射の可能性もありますし、サイバー攻撃や人工知能の暴走といった新たなリスクもあります。
 さらに、ある国が抑止力だといって核をもてば、対する国も核で備えようとします。 行き着く先は核軍備競争です。 今日、気候変動や感染症などの脅威に直面する国際社会には、核兵器に資源をつぎ込む余裕があるでしょうか。
 そして、抑止力が何らかの理由で破綻し、実際に核兵器が使用された場合に、その結果に対して誰が責任を取れるのでしょうか。 「想定外でした」では済まされません。
 歴史を振り返れば、かつて奴隷制度が存在し、また女性に参政権が認められていなかったように、今日の価値では考えられないような異常な状態が当たり前とされていました。 これらは異常だと勇敢に声を上げた人々の声が広がり、それが新たな法規範をつくり出し、社会を変えてきました。 もちろん法ができたからといって、一気に社会がよくなったわけではありません。 法ができて、その法が定める状態に社会を合わせるべく人々が努力した結果、悪しき旧制度はなくなっていったのです。
 新しい価値が台頭するとき、古い価値の下で利益を得てきた人たちは「非現実的だ」といって怒ったり凄んだりします。 核兵器廃絶について「非現実的だ」という声が聞かれますが、それは過渡的な現象です。 核兵器の終わりはすでに始まっています。 それを本当の終わりに持っていくのは、私たち一人ひとりの意識と行動です。

(令和3年2月寄稿)

 

プロフィール 〔かわさき あきら〕
1968年東京生まれ。 2008年から「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」を通じて広島・長崎の被爆者の証言会を世界各地で実施。 恵泉(けいせん)女学園大学、聖心女子大学非常勤講師。 著書に岩波ブックレット『新版 核兵器を禁止する』、岩波ジュニア新書『核兵器はなくせる』など。

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