和文機関紙「平和文化」No.214, 令和5年12月号
 今号から核兵器廃絶に向けた「人道的・人類的アプローチ」について、様々なフィールドで活躍されている専門家の皆さんにリレー形式で寄稿いただきます。 「核兵器のない世界」を目指す被爆地広島としても、国際的に拡がっているこのアプローチについて理解を深めたうえで、取組を展開することが必要と考えています。
 

核兵器廃絶への人道的・人類的アプローチ

くろさわ みつる

黒澤 満

黒澤満先生
くろさわ みつる

黒澤 満

大阪大学・大阪女学院大学名誉教授。 大阪大学法学博士。 NPT再検討会議日本政府代表団顧問(1995, 2000, 2005, 2010, 2015年)。 日本軍縮学会初代会長(2009-2013)。 『21世紀の核軍縮』(広島平和研究所)編著

 2010年のNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議において、初めて、各国のコンセンサスを得た合意文書に、「核兵器の壊滅的な非人道的結末」を念頭に、人類の生存のために核廃絶を目指すアプローチ、すなわち、いわゆる人道的アプローチが盛り込まれた。
 その後、「核兵器の人道的結果に関する共同声明」、「核兵器の人道的影響に関する国際会議」等を経て、2017年7月核兵器禁止条約が成立した。
1.ヒューマニティー(humanity)とは何か
 核兵器禁止条約は核廃絶に向けての人道的なアプローチであると日本では一般に言われている。 人道的とは「人として守るべき道にかなっている様。人道主義の立場に立っている様」を意味している。 またこの範囲でのヒューマニティーは「人間性」と訳される。 日本における核兵器禁止条約を巡る議論はこの「人道」と「人間性」の側面にのみ集中して議論が行われているのが現状である。
 しかし、英語のヒューマニティーにはもう一つ重要な意味が含まれており、それは「人類」という意味である。 国際的に議論する場合、このことを前提に議論しないと、国際的な議論に対応できないし、核兵器禁止条約の基本的性質を正確にとらえていることにはならない。
 たとえば核廃絶に向けてのきわめて重要な文書である「ラッセル=アインシュタイン宣言」は、最重要のメッセージとして、人類として人類に訴えているのは、他のことは忘れて、「ヒューマニティー」を常に心に留めておくように主張している。 この宣言は「特定の国民や大陸や信条の一員としてではなく、存在が危ぶまれている人類、いわば人という種の一員としてである」とし、「私たちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するのか」の選択であると述べている。
 このようにヒューマニティーの訳として「人類」という重要な意味があるので、核兵器禁止条約は人道的側面のみならず、人類の安全保障を強化する条約であることを改めて理解すべきである。 その意味で、核兵器禁止条約が主張しているのは、両者を含む意味でのヒューマニティーであり、内容から言えば、「人道的および人類的アプローチ」であると解釈すべきである。
 そして、被爆者の被爆体験を根底とする平和への願いは、悲しみや憎しみを超え、人類の生存のために核廃絶を訴えてきたもので、まさに「人道的および人類的アプローチ」につながっている。
2.人類の安全保障とは何か
 安全保障という用語は現在では極めて広い範囲で使用されており、環境安全保障や経済安全保障など、重要な概念であることを強調するために容易に使用されている。 「安全保障」の当初の定義は「外部の脅威にどう対応するか」というものであり、歴史的および伝統的には、軍事的な安全保障を意味してきたし、それが今日でも基本的で中心的な概念であることには変わりはない。
 国際社会における軍事的な安全保障は、伝統的には他国の脅威から本国を守るという意味で使用されており、それは「国家の安全保障」として議論されてきた。 そこでは国家間の戦争を含む軍事的対応の問題としての「国家の安全保障(national security)」が国際関係における最重要の問題であった。 国際連盟や国際連合が存在するようになると、「国際安全保障(international security)」という国家間の安全保障という概念が提唱されるようになる。 国連の第一の目的は「国際の平和と安全保障を維持すること」であると規定されている。
 そして現在、核兵器禁止条約によって主張されているのは「人類の安全保障(security of humanity)」である。 これは個々の国家の安全保障および国家間の安全保障を乗り越え、地球上のすべての人民の安全を保障しようとするものである。
3.核兵器禁止条約をどう強化するべき
 核兵器国および核同盟国は核兵器禁止条約に対して強力な反対の姿勢を表明しており、この条約は核兵器不拡散条約を棄損するものであると主張し、条約の存在自体をも否定しようとしている。 しかし2022年8月に開催されたNPT再検討会議において、会議の最終文書案は、条約の採択、署名開放、発効および条約締約国会議の開催を明記していた。 ロシアの反対でそれは形式的には採択されていないが、核兵器禁止条約に関する内容については一般的な合意があったと考えられる。
 条約の強化のためには、2023年9月現在で署名国93、批准国69という現状から増加の方向に努力すべきであり、特に非核兵器地帯条約締約国で署名、批准していない国家の参加を働きかけるべきであり、条約採択に賛成した122カ国の参加を目指すべきである。 この条約とNPTは、「人道的・人類的アプローチ」、すなわち核兵器使用の非人道性という基本的認識を共通にしつつ、その両立性および補完性を強化するためにも当面は非核兵器国に働きかけるべきである。
4.日本政府は何をすべきかか
 日本政府はこの条約に対して絶対反対の姿勢を示しており、締約国会議へのオブザーバー参加にも反対である。 岸田(きしだ)首相は「核兵器国が一国も参加していない」ことをその理由としている。 彼はまたこの条約は核兵器廃絶への出口であるとしばしば述べており、そうであれば出口への道程を追求すべきであろう。 第1回締約国会議へのオブザーバー参加については、同様の立場にあるNATO加盟国であるドイツ、オランダ、ノルウェー、などは、会議に参加し協力の可能性を追求しているのであるから、日本も被爆者救済などでは積極的な協力が可能であると考えられるし、積極的にそうすべきである。
(令和5年10月)
 
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