和文機関紙「平和文化」No.210, 令和4年10月号

難民と日本

―支援団体の立場から―

石川 えり

認定NPO法人 難民支援協会 代表理事
認定NPO法人 難民支援協会
代表理事
石川えり氏

 「シリアに暮らしていたが、自宅と勤務先が爆撃された」「軍事政権に対抗し、民主化運動を支援する学者だったが自身も逮捕されそうになった」「少数民族で宗教も多数派と異なる政府から国籍を与えられず、強制労働に従事させられた」など様々な理由から日本へ逃れ、保護を求める難民がいる。 昨年、日本で難民申請をした人数は約2千人、うち難民として認定されたのは74人だった。 ドイツでは4万人、アメリカでは2万人が認定される中、この数はあまりに少ないと考えている。 原因の一つに、難民認定の実務を出入国在留管理庁(以下、入管)が担っているため、難民を「保護する(助ける)」より、「管理する(取り締まる)」という視点が強いことが考えられる。 さらにその背景には、政治的意思の不在とそれを支える世論の声の弱さがあるだろう。
難民認定状況2021
 
 認定NPO法人 難民支援協会は1999年に設立され、20年間にわたり東京都内に事務所を構えて日本に逃れた難民への支援、難民とともに生きられる社会をつくるための認知啓発や政策提言といった総合的な活動を行ってきた。 関わってきた難民の数は70カ国・7千人に上る。 一人ひとりの難民に向き合い、できる限りの支援をしてきたが、すべての人に十分な支援ができているわけではなく、悩みを抱えながら活動を行っている。
 難民は入管で難民申請を行い、その審査に昨年の平均で4年5か月を要していた。 その間、多くが東京か、その近郊の県で暮らしている。 政府からの支援金を受給するのは350人程度であり、それ以外のほとんどの難民申請者は自立して働きながら結果を待っている。 しかし、多くの難民は日本で認定されず、迫害のおそれがあるため帰国もかなわず、再度の難民申請をした場合には在留資格が更新されず非正規滞在となり、仮放免の状態で就労許可もなく、公的支援が非常に限定的になるなど、より困難な状況に置かれている。
 そのような脆弱(ぜいじゃく)な状況がコロナ禍によりさらに影響を受けている。 ここでは、仮放免など在留資格がない場合について説明したい。 前述通り、就労もできず、国民健康保険にも加入できず、公的な生活支援もほぼ利用できないために、周囲の友人たちから数千円ずつお金を借りたり、海外の友人から送金してもらうなどして、これまで何とか生活していたという人が少なくないが、感染拡大の影響で支えてくれていた人の生活も時短や失業等で厳しくなり、一切の収入が途絶えてしまうなどの影響が出ている。 「もう食糧が尽きてしまい、お米がわずかにあるだけ」「昨日から何も食べていない」「失業して家も失ってしまった」といった切実な相談も寄せられている。 迫害をおそれて帰国もできない中、住民登録がされていない仮放免の成人の難民申請者は特別定額給付金の支給から漏れており、さらに困窮を深めている。
 このような状況で、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ウクライナ難民の日本への受入れが岸田文雄(きしだ ふみお)首相より発表された。 迅速であり、また政府のトップである岸田首相によって発表されたことが異例だったと受け止めている。 武力でもって他国に侵略するという行為に対して強い意思表示、そして連帯を示す必要があったのではないか。 首相の迅速な受入れ表明が自治体や民間などからの前向きな反応を引き出しており、多くの関係者が受入れに積極的な姿勢を見せた。 すでに日本へ逃れたウクライナ難民の人数も9月25日現在で1900人を超えている。
 従来難民支援をしてきた立場からすると、入国直後からの本人の状況に寄り添った個別の支援(ケースワーク)が必要となると考える。 例えば、ウクライナからの避難民について、前提として理解しなければならないのは、自らが国を逃れて日本に来ることを想像すらしていなかったということだ。 逃れてくる間には家族との別れなど様々な過酷な経験をし、日本に来てもすぐには帰国する選択肢はない。 入国直後からの支援が重要になる。 そして、報道をみても子連れや高齢者など、特有のニーズがある方も多い。 特に、孤立させないための支援や、出身国や避難の経験がメンタルに与える影響に対応できているかという観点が重要となる。
 また、言葉も習慣も異なる中で生活を一から立ち上げるためには、生活上の困難によりそい本人のおかれている立場によりそって課題を解決するためのサポートが欠かせない。 ウクライナの内戦がたとえすぐに終わったとしても、安心して戻れるようになるにはさらに時間がかかるそのため、少なくとも受入れる側は長い視点に立った受入れの準備をすることが必要だと考える。
 そして、今回のような社会での受入れの広がりを日本における難民受入れの基盤を整える機会ととらえ、難民認定制度の改善や、庇護(ひご)を希望する全ての人を包括した支援制度の確立につなげる必要がある。 避難を余儀なくされた人たちを出身国や置かれている状況によって分断していくのではなく、包括的で公平な難民保護制度を考えるきっかけとしていきたい。
(2022年9月)

プロフィール
〔いしかわ えり〕
上智大学卒。 1994年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、難民支援協会(JAR)立ち上げに参加。
2008年1月より事務局長、2014年12月に代表理事就任。 上智大学、一橋大学国際・公共政策大学院非常勤講師。

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