和文機関紙「平和文化」No.224, 令和8年6月号

広島平和記念資料館展示子どもたち心理的反応
―新たな子ども向け展示に向けて―

上手 由香

広島大学大学院人間社会科学研究科 准教授
上手 由香

上手 由香

広島大学大学院人間社会科学研究科 准教授

広島平和記念資料館(以下、資料館)は、小中学生が修学旅行で初めて訪れる機会も多く、広島の児童・生徒にとっても、平和教育の重要な場となっています。 資料館の展示は、被爆の実相を伝えるうえで欠かせないものですが、その内容には、悲しみや恐怖といった強い感情を引き起こしやすい側面もあります。 実際に、「怖くて展示を見ることができなかった。」という声や、館内に入れず外で待つ子どもの姿も見受けられます。
被爆の実相を学ぶ過程で、こうした心の揺れはある程度避けられないものです。 しかし、その大きさや、子どもたちが展示をどのように受け止めているのかについては、これまで十分に検証されてきたとは言えませんでした。 また近年、資料館の入館者数は大きく増加し、館内の混雑も課題となっています。 特に、修学旅行で訪れる児童・生徒にとって、限られた時間の中で十分に展示と向き合うことが難しい状況も生じていました。
こうした背景から、子どもたちが落ち着いて見学できる環境を整えるため、資料館地下1階に新たな平和学習展示を設置するための検討会議が始まりました。 私は検討委員の一人として、子どもたちが資料館の展示をどのように受け止め、それが平和への意識にどのような影響を与えるのかを明らかにするための調査を実施しました。
本調査は、2025年7月から8月に実施し、広島市内の小・中・高校生(計29名)を対象に、展示見学の前後と約1か月後の3時点でデータを収集しました。 調査では、アンケートと個別インタビューを行いました。
アンケート調査の結果からは、展示見学直後には、学年に関わらず「元気」「やる気」といった前向きな気分が低下し、「悲しさ」「怖さ」といったネガティブな気分が高まる傾向が見られました。 しかし、これらの変化は、1か月後には見学前の状態に戻っていました。 平和や命の大切さへの意識については、いずれの学年においても、展示直後・1か月後ともに高い水準を維持していました。 また、資料館への来館意欲については、1か月後の調査時に、高校生では「また見たい」という意欲が高まる傾向が見られたのに対し、小・中学生では、「怖いから見たくない」といった回避的な気持ちや、「必要だとは思うが積極的ではない」といった葛藤が見られました。
インタビューの分析からは、年齢による受け止め方の違いがより明確に示されました。 小学生は視覚的な刺激に強く反応し、身体的・感覚的な恐怖を直接的に体験する傾向がありました。 また、「自分の家族だったらどうしよう」と、自分や家族に引き寄せて想像するなど、原爆による被害との心理的距離が近い特徴が見られました。 一方、高校生では、放射能による被害の長期的影響まで含めて理解することで、「その日で終わらない怖さ」といった、より深い意味づけが見られました。
1か月後の反応としては、いずれの学年でも日常生活への大きな影響は確認されませんでしたが、小・中学生では展示内容をふと思い出すことが多く、特に小学生では就寝前の想起や悪夢などが見られる傾向がありました。 一方、高校生ではこうした想起は少なく、8月6日や終戦記念日、それに関するメディアなどの外的なきっかけによるものが中心でした。
以上の結果から、展示は子どもたちにとって、日常生活に大きな支障を及ぼすものではないものの、一定の心理的負担を伴うことが示されました。 一方で、年齢が低いほど感覚的な記憶や恐怖が持続しやすいこと、展示の内容によってストレスの度合いが異なることも明らかとなりました。 ただし、本調査の参加者は、もともと平和学習への関心が高い層に偏っている可能性があるため、本結果はこうした特性を持つ子どもたちの反応として解釈する必要があります。
これらを踏まえ、現在進められている子ども向けの平和学習展示では、「選択展示」の取り入れが検討されています。 これは、子ども自身が展示を見るかどうかを選べる仕組みであり、刺激の強い内容は段階的に提示するなどの工夫を行うものです。 自ら選択することは主体的な学びにつながり、安心して展示と向き合うことを支えます。 また、不安や怖さを感じた場合の対処方法や、学校、家庭でのサポートについても情報提供を行うことで、より安心して子どもたちが被爆の実相を深く学ぶことができるのではないかと期待しています。
原爆の展示とはどうあるべきか、そこに一つの正解を導き出すことは困難です。 被爆の実相を伝えること、子どもたちの心を守ること、そして平和について深く考える機会を保障すること。 そのいずれもが大切であり、さまざまな立場からの思いが重なります。 だからこそ、平和の学びが恐怖だけで終わるのではなく、理解や共感を経て、未来につながるものとなるよう、私自身も考え続けていきたいと思います。
(2026年5月)
〔かみて ゆか〕
博士(心理学)、臨床心理士・公認心理師。
被爆体験が子や孫の心に及ぼす影響について研究。著書に『世代継承性研究の展望 : アイデンティティから世代継承性へ』(ナカニシヤ出版)。
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