市民が描いた原爆の絵の収集は、1974年(昭和49年)、一人の被爆者が自らの体験を描いた絵をNHK放送局に持ち込んだことがきっかけとなって始まりました。
資料館では、現在約5,000点の絵を所蔵しています。
近年では、資料館のデータベースから、画像の使用申請数も多く、国内外を問わず関心の高さが感じられます。
資料館本館「絵筆に込めて」のコーナーでは、その原画を展示していますが、原画の劣化を防ぎ、長期保存するため、テーマを変えて半年ごとに原画の入れ替えを行っています。
今回は、原爆投下後に発生した市内を焼き尽くした大火災、その炎に追われて逃げまどう人々の様子を描いた絵を展示しています。
原子爆弾の炸裂
(さくれつ)とともに放射された強烈な熱線により、市内中心部の家屋が発火し、続いて市内のいたるところで使われていた火気などを原因に、高温の大火災が発生しました。
激しい炎が人々を飲み込み、倒壊した建物の下敷きになった人々は、生きたまま焼かれ、市内は一日中燃え続けました。
多くの市民は、必死の思いで炎から逃れるしかありませんでした。
爆心地から2キロメートル以内の地域では、燃えるものはことごとく焼失し、その焼け跡は、火災の高温により溶けたもので埋め尽くされました。
絵の作者、佐々木智佐子
(ささき ちさこ)さんの言葉です。
「想い出すことはつらい事ですが、忘れることのできぬこの世の地獄、頭の中に残っております。二度とあってはならない惨状でございました。後世に残したく、描きました。」
絵をとおして、原子爆弾の恐ろしさ、悲惨さ、描いた体験者の想いを感じとっていただきたいと思います。
炎に包まれた二階の窓から助けを求める幼女の声。いまだに忘れることができない。
(平和記念資料館 学芸展示課)