和文機関紙「平和文化」No.211, 令和5年3月号

核兵器禁止条約の重要性が増している(翻訳版)

トーマス・ハイノツィ

本財団専門委員
トーマス・ハイノツィ氏

 2022年は、世界に対して、核抑止が立脚している神話は真実ではないと警鐘を鳴らした年になりました。 ロシアがウクライナに仕掛けた戦争は、核兵器が戦争の抑止力として機能しないことを証明しただけでなく、反対に戦争を勃発させる可能性を高めるという証明にもなりました。 プーチン大統領は、核兵器は他の大国がウクライナを支援するために参戦するのを阻止するであろうから、非核保有国との戦争を開始するための一種のフリーチケットになるともくろみました。 核保有国が恐ろしい危険をもたらす核兵器を保有しているからこそ、彼らが侵略戦争を始めるのを思い留まらせることができるのだと広く支持されていた想定は、現実のこの試練を乗り越えることができませんでした。 核兵器はロシアの指導者が核兵器の使用をちらつかせているような戦争から私たちを救わないことが証明されました。 明らかに、国際安全保障と世界の安定は人類の生存に最大の危険をもたらす核兵器に依存することはできないのです。
 最近増大した「ロシアの脅威」は、ヨーロッパと東アジアの両方において、防衛費の増加と同盟の強化につながりました。 悲しいことに、一部の同盟国ではより強力な核リンクを追求する動きが高まっています。 ウクライナにおけるロシアの核の脅威に対する米国の反応を慎重に評価してみると、米国政府が核兵器を使用したくないと望んでいることが伺えました。 おそらく合理的な指導者は、核兵器によって攻撃された同盟国を守ることはないでしょう。 彼らは他の国のために何百万人もの自国民の命を犠牲にすることを望まないでしょう。
 米国の上級司令官による卓上議論は、たった1つの核兵器の爆発が私たちの文明を消滅させ得る本格的な核攻撃を引き起こす可能性が高いことを示しています。 核保有5か国自身が2022年1月に「核戦争に勝つことはできず、決して戦ってはならない」と表明しました。 核兵器の使用は言わば集団自殺を引き起こすのです。 したがって、それらは信頼できる安全保障政策の選択肢と見なすことはできず、核保有国やその同盟国に安全を保障するための現実的な手段とも見なせません。
 昨年12月、プーチン大統領は、自身が核兵器使用をほのめかしたにもかかわらず、ウクライナとの侵略戦争で核兵器を使用する意図を否定し、「私たちは正気を失っているわけではない」と強調しました。 確かに、核兵器を使用することはまったくの狂気であるという点では、彼は正しかったです。 しかし、最近、核保有国の為政者の非理性的な行動を目の当たりにしているので、彼らが死をもたらす過ちを犯さないと信じることができるでしょうか。 核兵器が存在する限り、意図的にでも、事故や誤解による意図しないものであっても爆発する可能性があります。 明日にも、広島と長崎にもたらした壊滅的で非人道的な結末をはるかにしのぐ大規模な惨禍を追体験することもあり得るのです。 1945年以来、核兵器はより致命的で、より強力なものとなり、その数も何倍も多くなっており、現在約12,700発に上ります。 したがって、核兵器がもたらす重大な危機から人類を救う唯一の方法は、私たちに死をもたらす前に核兵器を終わらせることです。
 核兵器の廃絶は世界という共同体の目標ですが、核保有国は必要な措置をとっていません。 したがって、非核保有国は、2016年に最も代表的な国際機関である国連の総会において、核兵器を禁止するための法的拘束力を有する規範を制定するための交渉開始を求めました。 そして、それは圧倒的多数によって決定されました。 残念なことに、核保有国とその同盟国のほとんどすべてがこの交渉をボイコットしました。 矛盾していますが、彼らは、法的禁止が化学兵器、生物兵器など他の大量破壊兵器の廃絶の動きにつながったことを認めている一方で、なぜそれが核兵器では機能しないのかを説明できていません。 2017年7月に121カ国が核兵器禁止条約(TPNW)の条文を採択し、この強力な規範が生まれました。
 2023年1月の時点で、92か国がこの条約に署名し、68か国が批准しており、今年中にさらに多くの国が条約に参加する準備をしています。 条約参加国の数は、2021年1月の発効以来、増え続けています。 この条約の重要性は、2022年6月に、ウィーンで第1回締約国会議が成功裏に開催され、更に明白になりました。 会議で採択された宣言では、明言かほのめかしかを問わず、状況に関係なく、あらゆる核の脅威を明確に非難し、核兵器使用のいかなる脅威も受け入れられないことを知らしめました。 これは、これまでのところ、グローバルな多国間会議によってロシアの核の脅威に対して発せられた最も強い非難となっています。 また、条約の運用に関して、例えば科学諮問委員会の創設など多くの重要な決定がなされました。 それにより、市民社会と科学者が重要な役割を果たすことを可能にして、実際に果たしていくことを示しています。 驚くべきことに、他の核軍縮の会議では、彼らの知識にはほとんど注意が向けられてきませんでした。 この条約の進展を裏付ける会期間の作業プログラムも決定されました。 非公式作業部会は、被害者支援、環境修復、国際協力と支援、普遍化のほか、核兵器の破壊を監督する権限を有する国際当局の指定作業を担当しています。 2023年11月には、ニューヨークで第2回締約国会議が開催されます。
 核兵器禁止条約と成功裏に終わった第1回締約国会議の成果は、それに反対し、依然として核兵器にしがみついている国を含むすべての国に影響を与えています。 核兵器は禁止されているという条約の根底にある重要なメッセージは、核兵器に関する国際的な言説を変えました。 NATOの事務総長でさえ、昨年秋、「核兵器の使用は絶対に受け入れられない」と述べ、ドイツのショルツ首相の演説にも反映されました。 2022年11月にインドネシアで開かれ、核保有国の多くの首脳と日本の総理大臣が参加したG20サミットは、核兵器の威嚇と使用は「容認できない」と宣言しました。
 ウクライナでの戦争は非人道的大惨事であり、隣国に対する武力国家の侵略が過去の問題となるだろうという私たちの希望を打ち砕きました。 ロシアによる核兵器使用の脅威は、核兵器が存在する限り、それは使用可能であり、人類の生存に最大の危機をもたらすものだということを国際社会に痛感させました。
 終末時計は、核戦争までわずか90秒であるとして、人類の滅亡を指す真夜中にこれまでで最も近づきました。 この絶望的な状況の中で、私たちは核兵器という目の前にぶら下がる剣と共に今後も生きていきたいのか? と自問自答してみます。 明らかに大多数の人々のように、この質問にノーと答えるならば、核兵器禁止条約に基づく核兵器廃絶こそが進むべき道です。 核兵器禁止条約は、淡い希望を提供するだけではなく、人類が核兵器によって人質にされている世界に代わる世界への鍵を提供し、核兵器のない国際安全保障への扉を開きます。 条約運用作業が進行している中で、この条約に対する国際的な支持と認識が高まっており、重要性を増しています。 これまで以上に必要とされているのです。
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