2045年の核兵器禁止に向けて
エレイン・ホワイト・ゴメス
ジョンズ・ホプキンス大学
高等国際関係大学院教授
核兵器の法的禁止を交渉するという任務を負った国連外交会議で議長を務めたことは、コスタリカの外交官として、また世界市民として、私の人生で最も大きな栄誉の一つでした。
そして、この会議は、成功裏にその大きな責務を果たしました。
画期的成果である核兵器禁止条約が、核時代が始まってから72年後の2017年に誕生したのです。
この条約は、世界中の様々な人々や各種団体による数十年にわたる粘り強い訴えの成果であり、また、手続き的、制度的、概念的、そして政治的な枠組みについて粘り強く交渉し、核兵器を法的に禁止するために必要な道筋をつけ、政治的な連携を築き上げてきた外交官たちの不断の努力の結晶です。
こうした結果が得られたのは、戦略的ビジョン、勇気、そして核時代の政治指導者と被爆者の政治的知恵があったからこそです。
この会議は、その歴史的、制度的な意義だけでなく、関わりを持った全ての人々にとって人生感を変える経験となり、これからも私たちの心に深く刻まれ続けるでしょう。
最も意義深い成果は、2017年7月7日、国連ビルの会議室1で達成されました。
この日、核兵器の使用、生産、実験の被害者たちは歴史的な瞬間に立ち会いました。
国際社会の圧倒的多数が、核の恐怖を断固として拒否する票を投じたのです。
この圧倒的支持は、核政策の根本的な転換を求め、いかなる状況下でも核兵器が二度と使用されないことを保障する唯一の方法として、核兵器の完全な廃絶を訴えるものでした。
様々な世代や経歴を持つ人々が、核兵器の法的禁止は、犠牲者のために正義をなす行為であり、核の脅威のない世界を実現するための予防策であるという信念の下に団結しました。
私たちは、被爆者/被曝(ばく)者たちが、ついに国際社会から正義、認知、そして特別な支援の必要性の認識を得るのを見て、歓喜しました。
この画期的出来事を実現する上で、被爆者、広島そして長崎は、人類の脆弱(ぜいじゃく)性と強さを示す生き証人となりました。
私自身も、2017年に広島と長崎を訪れたことが、核兵器による人的犠牲についての理解に深い影響を与えました。
計り知れない苦しみにもかかわらず、生活や地域社会を再建した被爆者たちの不屈の力を目の当たりにし、私はこの使命を果たさないわけにはいかないと強く感じました。
長崎市長は、被爆者がこれ以上亡くなる前に核兵器の法的禁止を達成することの緊急性を伝えてほしいと強く求めました。
そして私はそうしたのです。
外交官、科学者、平和主義者、人道支援活動家、法律家、NGO、そして数え切れないほどの人々が、核兵器に関する世界的な対話において新たなパラダイムを求めたとき、被爆者と広島・長崎両市は、その最前線に立ち、核兵器が人間、環境、社会経済構造に及ぼす壊滅的な影響の直接的な証拠を示してきました。
彼らの揺るぎない訴えは、核兵器はいかなる状況下でも二度と使用されるべきではなく、廃絶されなければならないという強い信念と確信を形成する上で、極めて重要な役割を果たしました。
広島と長崎は、より良く、より公正で安全な世界をつくるという夢を決して諦めず、弛(たゆ)まぬ努力を続け、そのビジョンを行動、言葉、そして日々の忍耐を通じて伝えてきました。
2020年、世界が新型コロナウィルス感染症と闘う中、国連は創設75周年を迎えました。
来し方を反芻(はんすう)すべきこの機会は、過去70年間に起こった劇的な変化を浮き彫りにし、国連はグローバルガバナンスへのアプローチを再評価することとなりました。
成功と失敗の両方から得られた教訓を踏まえ、2024年9月に開催される未来サミットは、世界の指導者たちが国際協力のための新たなロードマップに合意するためのプラットフォームとなるでしょう。
これには、安全保障、軍備管理、軍縮への取組の再確認も含まれます。
これ以上ないほど完璧なタイミングです。
核兵器禁止条約第一回締約国会議(MSP)で分析された科学的研究によれば、核兵器の廃絶は、たとえ最大の核保有国であっても、10年以内に達成可能です。
第一回MSPでは、科学と証拠に基づいて、この判断がなされました。
しかし、現状に鑑みますと、希望を持つのは難しい状況にあります。
軍備の増強・支出はかつてないレベルに達し、核兵器は近代化と改良が進められ、ロシアの核の脅威や、安全保障のために戦争準備を優先する言説によって、国際法の規範的枠組みと核のタブーが蝕(むしば)まれています。
激化する大国間の競争と悪化する安全保障環境は、世界のすべての市民と国家にとって、深刻な懸念材料となっています。
今こそ、私たちが強さ、ビジョン、インスピレーションを見出さなければならない時です。
私たちは抜本的に方向転換をする必要があり、人類にはそれを実行する能力があります。
この観点からは、2010年に赤十字国際委員会総裁がジュネーブの国連で「…核兵器の存在は、さまざまな問題について最も深刻な問いを投げかけています。どの時点をもって、国家の主権でなく人類の利益が優先されるべきなのか。人類は自ら作り出した技術を使いこなす能力があるのか。…(※)」と述べています。
同様に、2017年3月27日にフランシスコ教皇が交渉会議に寄せたメッセージでは、人類は“技術を主導・管理し、自らの権力に制限を設け、これらすべてを別の種類の進歩、すなわち、より人間的、社会的で、統合的な進歩、したがって構造的平和にさらに資する進歩に役立てる自由、知性、能力を持っている”という信念が強調されました。
このように、決定論にとらわれるのではなく、人間の主体性こそが、世界的対話の指針となるべきです。
安全保障、平和、軍縮に関する21世紀の議論を形作る上で、人類の脆弱性と回復力の象徴である広島と長崎は、核兵器の甚大な影響を永遠に思い起こさせる存在です。
核時代100周年となる2045年が近づく中、被爆者の思いを引き継ぐこの二つの都市が、核兵器が人間と環境にもたらす壊滅的な影響という厳しい現実を踏まえ、安全保障と核軍縮に関する世界的対話を主導することを期待しています。
(2024年8月)
(※)翻訳出典:赤十字国際レビュー第97巻(899号)
エレイン・ホワイト・ゴメス
2014年から2020年まで、国連ジュネーブ事務所のコスタリカ常駐代表(大使)。
2017年、核兵器禁止条約(TPNW)を交渉し採択した国連会議の議長を務めた。