本稿では、広島平和文化センターが取りまとめた「被爆80周年を契機とした19の取組の展開」について、その背景となっている重要な視点をご紹介します(文中意見にわたる部分は、筆者の個人的な見解です)。
なお、このビジョンには、「世界平和を象徴する都市“ヒロシマ”として求められる役割を果たすために」という副題が付いています。
国内外の多くの「平和を愛する都市や市民」は、非人道的な原爆被害からの復興を遂げ、平和への取組を続けている“ヒロシマ”への共感を示すことで、ヒロシマと連帯して平和を希求していこうとする自らの意思を表明しています(P8 延本充弘(のぶもと みちひろ)氏「世界から見た広島」参照)。
この副題は、広島は、そのような平和を象徴する都市として、多くの広島市民の参加をいただきながら、先導する役割を適格に果たしていく考えであるということを表すものです。
このような広島の役割として、大きく二つの取組を示しています。
第一が、「核兵器の廃絶に向けた国際世論の喚起」です。
ここでの視点は、これまで強い説得力を示してきた「人道イニシアティブの議論」を、これからも、あらゆる核軍縮に関する国際的な議論の中心に据えなければならないとするものです。
核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会議の議長を務めたアレクサンダー・クメント オーストリア外務省軍縮局長は、核軍縮における「人道イニシアティブの議論」の重要性について、「われわれTPNW支持派は、『人道イニシアティブ』という視点を核兵器問題に持ち込み、人道に基づく見解など、さまざまな意見を取り込みながら議論をすることで、より強力な影響を与えることができると証明した。
…TPNWが採択される以前、核兵器の人道に及ぼす影響とリスクに関する議論では、核兵器国は大いに苦戦した。
…核兵器が人道におよぼす影響とリスクを考慮に入れたうえで、核抑止力の持続性や効果など、より根源的な問題に対処する方が、はるかに難しいからだ。
…TPNW採択後、『核兵器の問題を人道的視点から見直すリフレーミング』が不十分だった。
TPNW支持派は、再び人道に焦点を当てるべきであろう。」と言及されています。
そして、この「人道イニシアティブ」、すなわち、人類の生存を保障するためには核廃絶しか道はないとする考え方の淵源(えんげん)となっているのは、広島・長崎の被爆体験です。
この点、2024年の日本被団協によるノーベル平和賞受賞理由でも、「1945年の原爆投下を受け、核兵器使用がもたらす壊滅的な人道的結末に対する認識を高めようと、たゆまず活動する世界的な運動が巻き起こりました。
次第に、核兵器使用は道義的に容認できないと非難する強力な国際規範が形成され、この規範は『核のタブー』として知られるようになりました。
広島と長崎の生存者である被爆者の証言は、この大きな文脈の中で唯一無二のものです。」とされています。
一方、戦後すぐアメリカで広く被爆証言活動に従事された谷本清(たにもと きよし)氏は、(広島)ピース・センター構想に関連して、「世界平和に永遠に貢献する方法がわれら自らの被爆体験から展開されなければならぬ。」、
「われわれには充分なエモーショナル・アッピール(心情的訴え)は持っているものの、それを力強く打ち出す思想的理念を未だ持ち合わせていない。」と記されています。
「人道イニシアティブ」は、今や180を超える国家から是認されている普遍的な考え方であり、まさに谷本氏が必要と指摘された「思想的理念」に当たるものです。
このため、「被爆の実相という事実を『人道イニシアティブ』という理念に結び付け、世界中の市民に核兵器は廃絶すべきとの確信を持ってもらう」という広島の役割は、一層重要性を増しているものと考えます。
第二が、「国内外の若い世代への平和学習」の推進です。
ここでの視点は、広島のみならず、むしろ全国各地域で、被爆者や戦争体験者が非常に高齢化する中、若い世代に対する平和学習の体制整備を急がないと、これらの皆さんが支えてこられた平和を大切に思う精神を各市民社会が保持し続けることが困難になりかねないという危機感です。
もう一点は、平和学習の方法論として、その効果を上げるためには、現場での学習が欠かせないということです。
これが、国内外を視野に入れた平和学習の推進が広島の役割となる所以です。
50年前に、広島修学旅行の草分けとして尽力された江口保
(えぐち たもつ)氏の著書で、栗原貞子
(くりはら さだこ)氏は、「教師たちの現地調査や下見など用意周到な準備とこどもたちの主体的な参加によってヒロシマ修学旅行の一大ドラマが演じられ、生徒たちは参加することによって精神的に被爆し、核の問題を他人ごととしてではなく、自分の問題として捉え、生命や人権、平和の尊さを知るようになったのであった。」とされています。
これは、昨年の広島修学旅行アンケート調査で明らかとなった、「広島を訪れるまでは『実感が乏しかった』こどもたちが、『実際に原爆が落とされたんだ』と認識することで、『だとすれば、平和な日常は、当たり前ではなく、大切にすべきものだ』との理解に至る。」という意識変容のプロセスとも通じるものです。
このような中、本年の8月6日前後には、全国のこどもたちの参加を得、広島の地で2,100人規模の平和学習を展開する予定です。
その際、広島への連帯の意思の下、全国から参加いただく100超の平和を愛する自治体の皆さまには、被爆樹木の剪定枝
(せんていし)を活用して製作した「平和を刻む時計(Peace Ticking Clock)」を、ともに平和を希求していく友好の証として、ご用意しています。
さらに、令和10年4月オープンを目途に整備を進めている資料館の「こども向け平和学習展示」に関する議論も始まりました。
最後になりますが、皆さまには、このような視点も念頭に、是非「被爆80周年を契機とした19の取組の展開」をご一読いただけますと、大変ありがたく存じます。