2.米ロの新・戦略兵器削減(START)条約
最大の核兵器保有国である米国とロシアの責任は重大であり、率先して核軍縮に努めるべきだが、米ロ間の2010年以降の核軍縮の成果の1つとされるのが、2011年に発効した新・戦略兵器削減(START)条約である。
START条約はもともと1991年7月に米国とソ連の間で署名され、ソ連が崩壊してロシアになった後の1994年12月に発効した条約。
1994年当時、米国が約11,000発、ソ連が29,000発保有していた核弾頭数を6,000発に削減し、ミサイルや爆撃機などの運搬手段も1,600に削減することが義務付けられ、現地査察による検証手段も盛り込まれていた(STARTT)。
さらに後継のSTARTUで核弾頭数を3,000―3,500発に、STARTVで2,000―2,500発に削減することが、米ロ双方により模索されたが、2001年に米ブッシュ政権はこうした一連のSTARTプロセスからの離脱を宣言したため、STARTUは発効しなかった。
これに代わり米ロは新たに2002年5月、戦略攻撃力削減(SORT)条約(モスクワ条約)に署名した。
これにより2012年までに核弾頭数を1,700―2,200発に削減することが義務付けられたが、検証手段の取り決めがなく、実効性が疑問視された。
一方、STARTTの検証制度も、条約の取り決めにより2009年12月5日で失効するため、オバマ政権は検証制度を備えた新たなSTART条約を結ぶ必要に迫られていた。
こうした経緯を経て新START条約は2010年4月に署名され2011年2月に発効した。
発効後7年以内に、配備核弾頭数を1,550発に、ミサイルや戦略爆撃機など核弾頭を配備する運搬手段を700基(非配備も含めると800基)にそれぞれ削減する内容だ。
だが、いくつかの懸念が指摘されている。
まず戦略爆撃機に搭載される核弾頭数は、1機につき1発とみなして計算されるが、現実には複数の核弾頭を搭載しているため、2,000発以上の核弾頭の保有が可能だ。
また、米国が進めているミサイル防衛が条約の規制の対象になるかどうかについて、米国は「対象外」、ロシアは「対象に含まれる」という立場で、見解が分かれている。
米上院は条約批准にあたり、1年以内にさらなる核削減交渉を大統領に求める決議を採択したが、進展はない。
2014年以降のウクライナ危機をめぐって米ロは対立を強めており、さらなる核兵器削減について話し合う状況ではなさそうだ。
日本とオーストラリア政府の支援で発足した「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)が2009年12月に発表した報告書は、米ロの戦略核、戦術核を含むあらゆる種類の核弾頭数を1,000発以下に削減するよう勧告しているが、こうした国際社会の声に米ロは答える責任がある。
3.2010年NPT再検討会議の成果と課題
米ロによる核軍縮交渉と並んで、核軍縮交渉の舞台として最も重要なのは、核兵器保有国も非核兵器保有国も含めて世界の多くの国が参加する多国間の核軍縮である。
そしてその最大の舞台は、5年に1度開催されるNPT再検討会議である。
(1)NPTとは何か
ここで簡単にNPTの内容や性格について説明しておこう。
正式名称は「核兵器の不拡散に関する条約」(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT)で、1968年に署名され1970年に発効した。
現在の締約国は190カ国。
主な非締約国はインド、パキスタン、イスラエルで、いずれも核兵器を保有している。
条約の目的は3つ。
その第1は「核不拡散」、すなわち米ロ英仏中の5カ国を「核兵器国」と定め、「核兵器国」以外への核兵器の拡散を防止すること。
ちなみに「核兵器国」とは第9条3項で「1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう」と定められている。
第2は「核軍縮」で、第6条は各締約国が誠実に核軍縮交渉を行う義務を規定している。
第3は「原子力の平和的利用」。
第4条1項で原子力平和利用を締約国の「奪い得ない権利」と規定し、原子力平和的利用の軍事技術への転用を防止するため、第3条で非核兵器国が国際原子力機関(IAEA)の査察を受ける義務を規定している。
NPTが成立する以前の1960年代初め、ケネディ米大統領は、1970年代に核保有国が20ないし25に増えると懸念した。
フランスが1960年に、中国が1964年に核実験を行ったため、米ソを中心にNPT起草の準備が進められたが、そのねらいはすでに核超大国になっていた米ソによる「核の独占」であり、核拡散が最も懸念されたのが、すでに先進工業国になっていた旧西ドイツや日本だった。
原子力平和利用の分野では、米国の原子力産業による国際支配の意図も指摘されている。
ちなみにフランスも中国も当初、NPTに批判的で、両国がNPTを批准したのは、ともに冷戦終結後の1992年だ。
一方、日本も当初、NPTへの加盟には慎重で、条約を批准したのは、発効6年後の1976年。
全体で97番目の加盟国だった。
(2)過去の再検討会議の成果
2010年再検討会議は全会一致で最終文書を採択し、その中で1995年と2000年の再検討会議の成果を継承した。
まずそれらを簡潔に見てみよう。
1995年再検討会議の主要な決定は、@条約の無期限延長、
A「核不拡散と核軍縮の原則と目標」に関する文書(以下「原則と目標」)および
B中東の非核化をめざす「中東決議」の採択である。
@は核兵器国の特権的地位の永久化につながるため、これに批判的な非核国側は、ABとセットで@を認めた。
「原則と目標」の文書には、「包括的核実験禁止条約(CTBT)交渉の1996年までの完了」
「核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約交渉の早期完了」
「非核兵器地帯条約の拡大」などの項目が盛り込まれ、CTBTは1996年に成立(未発効)している。
一方、2000年再検討会議では最終文書が全会一致で採択され、この中に1995年再検討会議の「原則と目標」に盛り込まれた内容を進展させるため、「CTBTの早期発効」
「カットオフ条約の5年以内の締結」
「核兵器国による核廃絶への明確な約束」など13項目の措置が盛り込まれた。
(3)2010年最終文書の内容
2010年再検討会議が採択した最終文書は計40頁からなる。
このうち「結論および今後の行動への勧告」(19―31頁)が全会一致で採択された内容で、この中に「核軍縮」
「核不拡散」
「原子力平和利用」に分けて計64項目の行動勧告と「1995年中東決議の履行」が盛り込まれた。
行動勧告は1995年と2000年の再検討会議の最終文書を継承・発展させた内容だが、それに加えて今回初めて、「核兵器禁止条約」の重要性および「核兵器の非人道性」に言及した。
また「1995年中東決議の履行」の項目では、イスラエルを含む中東諸国により、中東非核・非大量破壊兵器地帯設立のための会議(中東会議)を2012年に開催することが勧告された。
(4)2010年再検討会議後の動き
2010年再検討会議の最終文書が提起した内容のうち、とりわけ
@核兵器禁止条約、
A核兵器の非人道性、
B中東会議の3つが課題として指摘できよう。
@ 核兵器禁止条約
核兵器禁止条約の成立を目指す動きは、すでに1996年に国際的法律家グループが「モデル核兵器禁止条約」を起草し、翌年に国連に提出して以来、続いている。
最近では、潘基文国連事務総長が2008年に発表した「核軍縮5項目提案」の第1項目として提案されており、2010年再検討会議の最終文書にも、核兵器禁止条約について、潘事務総長の提案に「留意する」と言う表現で盛り込まれた。
もともと最終文書の原案では「核兵器国が2011年に核兵器禁止条約を含む核軍縮のための手段について協議を開始し、2014年に国連事務総長が核兵器ゼロへ向けたロードマップを話し合う会議を招集する」という内容だったが、核兵器国からの反対で、単に「留意する」に格下げされたという経緯がある。
しかし、その後も潘事務総長は、核兵器禁止条約を含む「5項目提案」を各国政府や各国の国会議員、NGOなどに精力的に訴え、2010年8月には現職の国連事務総長として初めて被爆地広島・長崎を訪問した。
国際的市民運動「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が2012年1月に発表した報告書によると、世界の143カ国が核兵器禁止条約の交渉開始に賛成(態度保留が22カ国、反対が26カ国)だという。
広島市長を会長とする平和首長会議も条約交渉開始を呼びかける署名運動を行っている。
A 核兵器の非人道性
「核兵器のない世界」への道筋として、核兵器の削減を経て廃絶を目指すのが1つの方法だとすると、もう1つの方法は核兵器の禁止(非合法化)であり、「核兵器禁止条約」を支持する動きが少しずつ広がっている。
そして、核兵器禁止条約の制定を国際社会に促すための論拠として、「核兵器の非人道性」を訴える動きがここ数年、急速に広がっている。
赤十字国際委員会総裁演説
2010年4月20日、赤十字国際委員会の本部のあるジュネーブで、ケレンベルガー総裁が各国外交官に対し、核兵器の廃絶と使用禁止を訴え、その根拠として、原爆投下直後の広島に15tもの医薬品とともに救援活動に赴いたマルセル・ジュノー赤十字国際委員会駐日代表による、被爆の惨劇の記述を引用した。
国際赤十字・赤新月運動代表者会議の決議
2011年11月26日、ジュネーブで開催された国際赤十字・赤新月運動の代表者会議で「核兵器廃絶へ向けて」と題する決議が採択された。
核兵器の使用が壊滅的な非人道的結果をもたらすことを論拠に核兵器の使用の禁止と廃絶を訴える内容で、赤十字国際委員会および30カ国の赤十字社・赤新月社が賛同した。
16カ国声明
2012年5月2日、ジュネーブで開催されたNPT再検討会議準備委員会で、スイス、ノルウェー、メキシコなど16カ国が、赤十字国際委員会および国際赤十字・赤新月の訴えに賛同する形で、核兵器の非人道性を根拠に、核兵器の廃絶と非合法化を訴える声明を発表した。
被爆国・日本は声明に加わらなかった。
米国の「核の傘」に依存する国家が、その核兵器の非合法化を訴えることは、できないという考えによるものだと思われる。
34カ国声明
2012年10月22日、ニューヨークで開催された国連総会第1委員会で、前述の16カ国に新たに18カ国を加えた34カ国が、ほぼ同じ核兵器の廃絶と非合法化を訴える内容の声明を発表した。
日本は声明に加わらなかった。
オスロ会議
2013年3月4日―5日、ノルウェー政府はオスロで核兵器の非人道的影響に関する国際会議を主催した。
会議には127カ国の代表および国連、赤十字国際委員会、NGOなどが参加した。
会議は、核兵器の爆発が人道面や環境面などに与える影響を科学的に議論するのが目的で、出席者は外交官や医師、科学者、NGOメンバーなど500人を超えた。
核保有を宣言しているインドとパキスタンは参加したが、NPTの5核兵器国およびイスラエル、韓国などが欠席し、国連加盟国の半数以上が参加した。
77カ国声明
2013年4月24日、ジュネーブで開催されたNPT再検討会議準備委員会で、77カ国が、核兵器の非人道的影響に関する共同声明を発表した。
前年の16カ国声明、34カ国声明と比べると、新たにオスロ会議の成果についての言及が付け加えられたが、核兵器の「非合法化」の文言が取り除かれた。
日本の賛同を促すためスイスなどが配慮したとの報道もある。
賛同した国の数は2倍以上に増えたが、日本政府は加わらなかった。
125カ国声明と17カ国声明
同年10月、国連総会第1委員会で、77カ国による声明とほぼ同じ共同声明がニュージーランドにより発表され、賛同国は125カ国に増えた。
この時点で初めて日本も加わった。
ところが、日本やオーストラリアなど「核の傘」の下にいる国17カ国が、核兵器禁止条約に否定的な文言を含む、核兵器の非人道性に関する共同声明を発表した。
この時点で、両方の声明に賛成したのは日本だけ。
核兵器の非人道性には理解を示す内容だが、市民社会からは、核兵器の非合法化の動きに歯止めをかけるのが目的だと受け止められている。
メキシコ会議
2014年3月には、メキシコで核兵器の非人道的影響に関する会議が開かれ、146カ国と国際機関、NGO、被爆者代表などが参加した。
155カ国・地域声明と20カ国声明
同年10月の国連総会第1委員会では、ニュージーランドが前年とほぼ同様の共同声明を発表し、賛同者は日本を含む155カ国・地域に増えた。
一方、日本やオーストラリアなども前年の内容を踏襲する共同声明を発表し、20カ国が賛同した。
前年の共同声明のような、核兵器禁止条約をけん制する内容は含まれなかったが、その両方の声明に加わった日本は、もともと方向性の違う2つの声明に賛同することで、核軍縮外交をどのように進めるつもりなのか、その意図が問われている。
B 中東会議
1995年のNPT再検討会議以来の課題である「中東非核・非大量破壊兵器地帯」を創設するための会議(中東会議)を、2010年のNPT再検討会議の最終文書は、2012年中に開催するよう勧告し、フィンランド外務次官が議長役のファシリテーターとなって2012年12月に開催する準備が進められていたが、11月に突如「中東会議延期」のニュースが通信社から世界に報じられ、関係者を落胆させた。
もともと、核開発を続けるイランや事実上の核保有国でNPT非加盟のイスラエルが参加するかどうかが懸念されていた上、シリアの内戦など不安定要素が指摘されていた。
会議の招集者は米国、ロシア、英国、および国連事務総長だが、延期決定後、米国務省スポークスマンは「議題や会議の方式などに関する関係国の不一致」と「中東の不安定な現状」を延期の理由に挙げた。
一方、ロシアも英国も「2013年の開催を呼びかけている」とし、国連事務総長も「2013年のできるだけ早い時期」の開催を促したが、その後、開催の動きはない。
1995年再検討会議以来、中東非核・非大量破壊兵器地帯設立を求めている中東のアラブ諸国の不満は大きく、2013年4―5月に開催されたNPT再検討会議準備委員会のさなかの4月29日、エジプト代表は中東会議の延期に強く抗議する声明を発表し、残りの会合を全てボイコットして退席した。
4.米オバマ政権の核政策
オバマ大統領が就任1年目の2009年4月、プラハで演説して「核兵器のない世界」の実現を訴え、世界を熱狂させたことは記憶に新しい。
だが、2010年の中間選挙で与党・民主党が大敗して以来、オバマ大統領は厳しい議会運営を強いられ、新START条約以外に核軍縮での成果は乏しいといわれる。
そんな中、オバマ大統領は2013年6月、ベルリンで演説し、米ロ双方の配備戦略核弾頭の3分の1削減を訴えた。
新START条約は核弾頭を1,550発に削減することを定めているが、この提言は核弾頭数を1,000発程度に減らす内容であり、核軍縮における一定の前進ではあるが、市民社会からはさらなる削減を望む声が出そうだ。
爆発を伴わない核実験
米国は冷戦終結後の1992年以降、新たな核兵器は製造せず、爆発を伴う核実験もモラトリアム(一時停止)を続けている。
このため老朽化する備蓄核兵器の性能の維持を目的として、エネルギー省は「備蓄核兵器管理計画」(Stockpile Stewardship Program)をたて、国家核安全保障局(NNSA)を2000年に設置し、傘下の5カ所の研究機関で爆発を伴わない実験を実施し、毎年四半期ごとに実験概要報告をNNSAのウェブサイトに公表している。
それによると、実験は大別して「統合非核兵器実験」
「集束実験」
「臨界前核実験」に分かれ、さらに細かく13のカテゴリーに分かれて実施される。
2013年10月に発表された四半期報告によると、2013年会計年度に実施された実験の総数は3,671回にのぼり、プルトニウムを用いる臨界前核実験が1回、それ以外のプルトニウムを用いる実験が15回実施された。
このうち2012年12月5日に行われた通算27回目の臨界前核実験は「ポルックス」(Pollux)と命名されてネバダの地下実験施設で実施された。
NNSAのウェブサイトには「臨界前核実験により、爆発実験を行わずに備蓄核兵器の性能を維持できる」
「実験には米国の科学技術誌が主催する賞を獲得した優秀な技術が用いられた」などの記述があり、臨界前核実験の31秒間の画像はYouTubeにも投稿され、見ることができる。
(NNSAのウェブサイト>>)
また、サンディア国立研究所では、Zマシンとよばれる核融合実験装置を用いて強力なX線をプルトニウムに照射し、核爆発に近い超高温、超高圧状態を作ってプルトニウムの状態を試験する実験を2010年11月に初めて実施した。
2013会計年度は計139回実施し、うち3回はプルトニウムを使用するもので、使用する分量は報道によると「1回当たり8g以下」だという。
米国が臨界前核実験やプルトニウムを用いたZマシンの実験を行うたびに、広島市も長崎市も大統領や駐日大使宛に抗議文を送っている。
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