はじめに
核兵器廃絶を論じる世界的な潮流のなかで、2010年のNPT再検討会議以降、注目を集めるようになってきたのが、核兵器を人道的側面から議論するアプローチです。
去る2014年2月、メキシコのナジャリットにおいて、この議論を深めるための国際会議が開催され、146か国の政府代表、赤十字、NGOなどが一同に会しました。
私も、国際赤十字・赤新月社連盟(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies/以下、連盟)代表団の一員としてこの会議に参加しました。
赤十字といえば、日本においては赤十字病院による医療事業や献血でおなじみの血液事業のイメージが強いのですが、このようなケースは実は世界的には稀で、赤十字のアイデンティティーは「救護団体」であり、国内外の災害対策・災害対応事業こそがお家芸です。
ここで、その赤十字がどのように核兵器問題に関わってきたのかを、2011年の国際赤十字・赤新月運動代表者会議での第一決議(赤十字2011年決議)(別記参照)を軸に、ご紹介しようと思います。
実は、赤十字こそが昨今の核兵器廃絶への人道的アプローチを大いに牽引してきたのであり、その根拠が、まさに「救護団体」であることなのです。
赤十字2011年決議の背景
赤十字と核兵器の付き合いは大変長く、1945年の広島への原爆投下のおり、奇跡的に全壊をまぬがれた広島赤十字病院(当時)が爆撃直後の救護活動の舞台になったこと、また、投下から1か月後、赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross/以下、ICRC)のマルセル・ジュノー博士が外国人医師として初めて広島入りし、その惨状を世に伝えるとともに、当時のGHQと交渉して15tの医薬品や医療資機材の提供を受けることに成功しています。
第二次世界大戦後の1946年、赤十字は、核兵器を無差別兵器とみなし、毒ガス兵器、細菌兵器などのジュネーブ条約上の禁止兵器に加えるよう、ジュネーブ条約締約国政府に呼びかけました。
しかし、1948年のストックホルムでの赤十字国際会議では、核兵器がジュネーブ条約に照らして非合法化されることはなく、「原子力その他これに類する力を戦争目的に使用しない旨の誓約を各国が行うよう要請する」という決議がなされるにとどまりました。
人道援助の旗手、国際人道法の番人たる赤十字であっても、核兵器への取り組みが一筋縄ではいかないことを象徴する出来事でした。
以後、赤十字が核兵器問題に特化してその立場を表明することは減っていましたが、ターニングポイントとなったのが2010年です。
特に、同年5月のNPT再検討会議における「核軍縮のための行動計画」が、「すべての国が常に国際人道法を含むすべての国際法を遵守する必要性を再確認する」という文言をもりこんだことは今までなかったことで、赤十字が各国政府や市民団体から、核兵器問題についての見解を求められるようになるきっかけとなりました。
この「国際人道法」の文言は「核軍縮のための行動計画」の初案にはなく、スイス政府代表の発言により付け加えられたものです。
このスイス政府の動きと、2010年4月、在ジュネーブ各国政府代表団に対して、当時のICRC総裁ヤコブ・ケレンベルガー氏が声明を発表したことは、ただの偶然の一致ではないでしょう。
同氏は声明の冒頭で、「核兵器に関する議論が、軍事的および政治的考慮のみでなされるべきではなく、究極的には人間の利益、人道法の基本原則および人類全体の将来への考慮のもとでなされるべきである」という、ICRC/赤十字の見解の根本を説き、核兵器が二度と使用されないことを主張し、そのために法的拘束力のある条約締結を訴えて注目を集めました。
赤十字2011年決議の意義
このような背景のなかで出てきたのが2011年の赤十字決議ですが、実はそこで注目すべきは前述のケレンベルガー発言の主張に加え、「もし使用された場合、その結果に対応できる人道的援助能力が欠如していること」つまり、人道援助の当事者である赤十字として、核兵器の使用がもたらす人道的な結果に対し、何ら有効な援助ができないことを主張した点にあります。
赤十字は「救護団体」として、災害や事故、不測の事態に備えることを使命としており、そのなかには、例えば原子力発電所の事故などの原子力災害における被災者支援も含まれます。
その「救護団体」である赤十字が、「いかなる」核兵器の使用にも人道的に対処できないというメッセージを発信するからこそ、この主張が説得力をもって受け入れられたものと考えます。
また、国際決議となったことで、赤十字の主張がICRCというスイスの一団体を超えて、世界的な赤十字運動のメッセージとなったことも重要です。
この世界性は、日本赤十字社にとっても大きな後押しになってくれていますし、例えばNATO加盟国のノルウェーの赤十字や、同じく核の傘のもとにあるオーストラリアの赤十字についてもそうです。
赤十字2011年決議の影響 ― 共同声明、オスロ会議、メキシコ会議
政府間協議の場で核兵器の人道的影響に着目するという実績は、その後着々と積み上げられていきました。
2011年の赤十字決議の翌年、2012年5月の2015年NPT再検討会議第1回準備会合(ウイーン)において、スイス政府代表が、赤十字決議の主張を踏まえた「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」を16か国の共同署名で発表しました。
以後、同様の共同声明への署名国は同年10月には35か国(国際総会第一委員会)、2013年4月には80か国(2015年NPT再検討会議第2回準備会合)、そして4回目となる同年10月の共同声明署名国は、日本を含む125か国に達しました(国連総会第一委員会)。
2013年3月には、ノルウェー政府が「核兵器の人道的影響に関する会議」を主催しましたが、この会議は127か国の政府代表を集めました。
この会議の冒頭、ICRCのペーター・マウラー総裁は、赤十字として核兵器使用に人道的に対応できないことを改めて声高に表明しています。
先月、2014年2月に開催されたばかりのメキシコ会議は、このノルウェー会議をどのようにフォローアップできるかが注目されましたが、まず会議の参加国が127か国から146か国へとさらに増えたことは成果といえるでしょう。
内容面では、ノルウェーでカバーされなかった「リスク管理」、つまり機械の誤認や人為的ミスによる誤発射の可能性、ハッカーによるシステムへの侵入など、核兵器を維持管理・運用することそのものの危うさが報告されました。
また今回は、国連としても核兵器の使用に対して対応することが困難であること、また、有事の国際的な支援調整や事前の対策も大きな課題であると発表されました。
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