和文機関紙「平和文化」No.219, 令和7年3月号

包括的な平和学習を
全国に広めていくために

~集大成としての広島修学旅行のお勧め~
まつうら みちお

松浦 宰雄

広島平和記念資料館 副館長(事)啓発課長 (前広島市教育センター所長)
松浦副館長
まつうら みちお

松浦 宰雄

広島平和記念資料館 副館長(事)啓発課長 (前広島市教育センター所長)

 広島への修学旅行は西日本を中心に広く定着しており、平和学習として、大きな成果を上げています。 実施校からは、「日本中のこどもたちに10代が終わるまでに一度は被爆地を訪れ、心を震わせる機会を作ってあげてほしい」との声もあがっています。 その理由として、平和の意識を育む高い効果(「平和文化」第216号参照)にとどまらず、こどもたちにとって、これからの不確実性の高い時代を生きていく上で大きな糧になることが指摘されています。 すなわち、一人一人のこどもが、用意された答えではない、自分なりの結論を導く思考力を身に付ける、大切な学びにつながるということです。
 このような学習上の効果を示している、東京都の3つの中学校の素晴らしい事例を紹介します。
 1校目は、東村山(ひがしむらやま)市立東村山第三中学校です。
 第三中は、「いのち・人権・平和」の学習を、3年間を通した総合的な学習の時間のテーマとして設定しています。 これは、市内にハンセン病療養所の多磨全生園(たまぜんしょうえん)が存在すること、また、過去に中高生が路上生活者の命を奪う事件が発生したことが背景となっているとお聞きしています。
 そして、各学年における学習は、生徒の理解を、日常生活から地域・国家・国際社会へ、また、現在から過去・未来へとつないでいくことが指向されています。 具体的には、1学年では日常生活や地域の戦跡の学習、2学年では東京大空襲を中心に、3学年ではヒロシマを中心に学び、修学旅行後にレポートを作成しています。 総授業時間数は約39時間です。
東京都慰霊堂での東京大空襲の講話(提供:東村山第三中学校)
東京都慰霊堂での東京大空襲の講話(提供:東村山第三中学校)
 この取組の教育的効果について、学年主任は、「生徒の心に平和の種を一粒まくことにある」とコメントしています。 また、生徒の感想からは、広島で本当に原爆が落とされたのだということをリアルに感じ取っていることが伺われます。
 2校目は東村山市立東村山第七中学校です。
 第七中では、修学旅行の目的地を広島に変更した理由を3つあげています。 一つ目は、昨今の国際情勢に鑑み、こどもたちが、平和を自分ごととして捉えることの重要性が、教育の立場からも強調されています。 二つ目は、新しい修学旅行のあるべき姿として、中学校の3年間のスパンで学習内容を深める重要性があげられています。 三つ目は、修学旅行という全ての生徒が参加する形での訪問の必要性が指摘されています。
 内容については、「地球市民~よりよい社会をつくるために」という市民教育の観点からのテーマを、総合的な学習の時間のテーマに掲げ、第1学年は「現在を知る」「環境学習」、第2学年は「過去を学ぶ」「人権・平和学習」、第3学年は「未来を創る」「平和学習、国際理解」とし、総授業時間数は約50時間です。
平和記念公園内碑めぐりの様子(提供:東村山第七中学校)
平和記念公園内碑めぐりの様子(提供:東村山第七中学校)
 この取組の教育的効果について、教師からは、「3年間をかけて生徒の意識は少しずつ変容してきた。『主体性』、『自分ごと』ということにこだわってきた成果として、『自分が動かなければならない』という意識が高まってきた。集団や他者を意識した行動をしようとする生徒が増えており、他者への思いやりを感じられる場面も増えている」との報告がありました。 また、生徒の感想からは、生徒の意識変容にとどまらず「平和に向けて一歩踏み出してみよう」という行動変容に至っていることが示されています。
 3校目は東京都中央区立佃(つくだ)中学校です。
 佃中学校は、約20年前から継続して広島修学旅行を実施しています。 開始当時、総合的な学習の時間の導入に伴い各学校での特色ある取組が求められていたため、佃中学校としては、平和学習を中核に据えることを考えたとのことです。
 内容面では、平和を中心としながら、いじめとか不登校といった直面する課題も随時取り入れて行っています。 例えば、命の学習ということで、近くの病院の癌(がん)患者や医師から話を聞いたりもしており、その集大成として広島で平和を考えるとのことです。 特に、今年度は、広島市立己斐(こい)中学校の生徒と「君たちはどう生きるか」というテーマでディスカッションを行ったとのことで、同世代の他の地域の生徒が何を考えているかを知る良い機会になったとのことです。
己斐中学校の生徒とのディスカッション(提供:佃中学校)
己斐中学校の生徒とのディスカッション(提供:佃中学校)
 さらに、旅行後のレポート作成も、平和学習を個々の生徒に落とし込んでいく最後のプロセスとして非常に重視しています。 これは、学校として、生徒に対して正解を求めるのではなく、自分なりに考えるということ自体に力を入れていることの現れです。
 最後になりますが、前号「平和文化」第218号でご紹介した各学校を支援する2つの事業、①「平和学習を考える教師の集い」、②「平和学習モニター校指定制度」は、4月に募集を行い、5月を目途に対象校を選定する予定です。 特に、モニター校については、2025年に広島を修学旅行で初めて訪れる中学校についても、充実した事前の平和学習を実施していることを要件に、対象とすることを考えていますので、個別にご相談ください。
 詩人で、被爆者の栗原貞子(くりはら さだこ)さんは、「教師の人間的情熱こそが生徒の人間としての可能性を開花させるのである。」という言葉を残されています。 平和学習を始めるに当たって、指導的役割を担うのは教師です。平和学習の実施に関心をお持ちの学校からの積極的なご応募をお待ちしています。
 
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