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サダコと原爆(げんばく)
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そのころの広島

空しゅうけいほう

1944(昭和19)年の秋ごろから、アメリカ軍の飛行機が日本の上空に飛んできて、ばくだんを落とすようになりました。これが「空しゅう」です。アメリカ軍の飛行機が近づくと、空しゅうけいほうのサイレンが鳴り、人々はぼう空ごうにひなんします。
1945(昭和20)年に入ると、日本の大きな都市は次々にアメリカ軍の空しゅうを受け、大きなひ害を受けました。しかし、広島はけいほうのサイレンが鳴るだけで、実さいに本かく的な空しゅうを受けることはほとんどありませんでした。

広島市内比治山(ひじやま)町内会によるぼう空訓練広島では1932(昭和7)年に早くもぼう空えん習が実しされていますが、本かく的に取り組まれたのは1937(昭和12)年以こうのことです。
ぼう空組しきとしてけいぼう団がもうけけられ、市民はひなん訓練やバケツリレーなどの消火訓練にかり出されました。

1942(昭和17)年
所ぞう:山本 実
ていきょう:広島市

その日、広島でくらしていた人たち

東南アジアや太平洋の戦場で日本軍は負けつづけ、たくさんの兵隊を失いました。それをおぎなうために、男の人は次々に兵隊にとられたため、働く人が不足し、代わりに残された女の人も働くこととなりました。
小学校は、そのころ「国民学校」とよばれていました。3年生以上の子どもたちは学童そ開して家族とはなればなれに生活していました。
中学生以上の生徒は広島に残り、夏休みもなく、建物そ開や工場で兵器をつくるための労働力としてかり出されていました。

学童そ開

空しゅうをさけるために、都会の人たちは家をはなれ、親せきなどの知り合いをたよって農村にひなんしました。それが「そ開」です。知り合いのない子どもたちは、学校単位で農村などのお寺や旅館にそ開し、そこでいっしょに生活をしていました。

幟町(のぼりまち)国民学校の学童そ開風景
1945(昭和20)年7月15日

所ぞう:横上春子
ていきょう:広島市公文書館

建物そ開

空しゅうで火さいが広がるのをさけるために、家がみっ集している地いきでは建物をこわしてぼう火地帯をつくる作業が行われました。中学生以上の生徒や、広島市周辺の町や村からも多くの人が手伝いにかり出されました。

広島陸軍兵器ほきゅうしょうに動員された生徒

1943(昭和18)年ごろ
きぞう:矢野 弘
ていきょう:広島市

広島には軍のしせつが多くあったため、軍の関係者をはじめ、戦争でほりょとなった外国の人もいました。また、そのころ、日本の植民地とされていた朝鮮(ちょうせん)、台湾(たいわん)や中国大陸から集められた人もおおぜいいました。こうした人たちをふくめ、原爆(げんばく)が投下された時には約35万人が広島にいたと考えられています。

8月6日、午前8時15分

これらの人たちの上に、人類し上はじめて、原子ばくだんが落とされました。

広島に投下された原爆(げんばく)

「リトルボーイ(少年)」と呼よばれたばくだん

原子ばくだんは、核分裂(かくぶんれつ)を連続して起こし、いっしゅんの間にひじょうに大きなエネルギーを発生させるものです。
広島に落とされた原爆(げんばく)は「砲身(ほうしん)式」とよばれ、ウランをりん界量より少ない二つにわけてつつにいれ、ばく薬で二つのかたまりをぶつけあわせ、りん界量以上になるようにつくられていました。
細長いかたちが、研究によって短くなっていったため「リトル・ボーイ(少年)」というニックネームでよばれていました。

かく分れつのしくみを知ろう

原子 物しつをこう成する単位。

かく分れつ

  1. 原子の中心にある原子核(げんしかく)に中性子(ちゅうせいし)がぶつかり、原子核(げんしかく)がはげしくしん動してくびれができ、分れつする。
  2. 分れつしたとき、中性子(ちゅうせいし)が飛び出し、同時にエネルギーを放出する。
  3. 飛び出した中性子(ちゅうせいし)が別の原子核(げんしかく)にぶつかる。
  4. 1.2.3.をくり返す。

かく分れつを、一しゅんのうちにくり返すことで、ものすごいエネルギーを生み出します。このエネルギーを兵器として利用したのが、原子ばくだんです。

かく分れつ連さの説明

かく分れつを連続しておこさせるためには、ある一定量以上のウランなどのかくねん料が必要です。この一定量のことを「臨界(りんかい)量」といいます。
ウランには238と235という同位体があり、自然界には、99.3%と0.7%のわり合でそんざいする。ウランをばくだんの原料にするためには、中せい子が原子かくに飛びこむことにより、かく分れつを起こすウラン235のひりつを人工的に高める必要がある。

臨界(りんかい)量 

かく分れつを連続しておこさせるために必要なウランの量

広島に落とされた原爆(げんばく)「リトル・ボーイ」

リトルボーイ
  1. 起ばくそう置がはたらいてばく薬をばく発させる。
  2. ウラン235(ほうだん部分)のかたまりが、もうひとつのウラン235(標的部分)のかたまりにぶつかる。
  3. 中せい子が発生してかく分れつがはじまり、ものすごいエネルギーがいっしゅんのうちに発生する。

8月6日午前8時15分

げんしばくだん

小学3年 坂本 はつみ

げんしばくだんがおちると
ひるがよるになって
人はおばけになる

丸木位里(いり)・俊(しゅん)の原爆(げんばく)の図第二部「火」
所ぞう:ざいだん法人 原爆(げんばく)の図 丸木美術館

※ 坂本はつみさんは、この詩が発表された1952(昭和27)年当時、広島市立比治山(ひじやま)小学校3年生でした。この詩は、青木書店発行の「詩集 原子雲(げんしぐも)の下より」に収録(しゅうろく)されています